由莉達はお風呂に入りました

 由莉は脱衣場の前でえりかを待たせると着ていたジャージの上下とキャミソールを脱いだ。手と足は綺麗そのものだが……胴体の尻から首筋の手前に至るまであらゆる所に黒いあざ、赤いあざが斑点のように由莉の白い肌を未だに侵食していた。こんなの心の底から信頼してる人にしか絶対に見せたくない姿だから……



 由莉は先に風呂場に入った。前もってお湯を張り始めていたから、室内は湯気で濃霧のような状態になっていて風呂の淵がぼやけてしか見えなかった。既に、7割ほどまでお湯が溜まっていたので由莉は蛇口から流れ出る水を止めてその中に入った。ジーンとするような熱さのお湯に慎重にゆっくりと足から入り、全身を浸からせた。まとわりついた汗がお湯に溶けていくような気がしてほんの少し気分が良くなった。



「うん……気持ちいいなぁ……。あっ、えりかちゃーん!入ってもいいよ〜!」



「うん!分かったー!」



 えりかが脱衣場に慌てながら入ってくるのがドア越しに聞こえてくる音で分かった。由莉は肩をすくめながら笑っていたが、自分の『これ』を見せる時が近づいてきたんだと思うと……分かってても怖かった。

 すると、えりかが二枚戸のドアを開けて恐る恐る中に入ってきた。ここに来てから初めてお風呂に入るえりかは少し緊張した顔もちだった。



「わぁ、すごい真っ白……」



「えりかちゃんもびっくりしたでしょ?さ、中に入って」



 えりかもその部屋内の湯気の濃さにびっくりしてキョロキョロとしていた。そして少しずつ慣れてくると由莉の使ってるお湯にえりかも入った。最初は熱さで足をつけた瞬間、ひゃっ!?と飛び上がったがすぐになれるとゆっくりと中に入った。



「気持ちいい……」



「お風呂って本当に気持ちいいよね〜……本当に」



 えりかが気持ちよさそうにしながらお風呂に入っていたが、その横で由莉は少し元気がなかった。由莉は今日、白色の入浴剤を入れて水に浸かっている肌は見えないようにしてあった。自分の覚悟を決める時間稼ぎのためにこうした事を少しだけ自嘲した。

 そして__えりかにも由莉の異変は確実に伝わっていた。



「ゆりちゃん、大丈夫?さっきから元気ないよ……?」



「ごめんね、えりかちゃん……。少しだけ目をつぶってもらいたいんだけど……いい?」



「う、うん……分かったよ」



 由莉の悲しさを帯びたそのお願いにえりかも不安になりながら頷くとギュッと目を縛るように閉じた。



「ちょっと待っててね」



 そう言うと、由莉は風呂から出てすぐ前の体を洗う所に降り立った。由莉はこれでいいのか、と心の中が色んな感情でめちゃくちゃになりながらもえりかの前に立つと後ろを向いた。今の顔を見られたくないし、えりかの顔を見るのが怖かった、由莉に出来る最大限の抵抗だった。

 由莉は怯えたような声でえりかの名前を呼んだ。



「……っ、えりか……ちゃん。目……開けて…………」



 えりかは恐る恐る目を開けた。すると____



「………………っッ!」



 あまりにも悲惨な由莉の背中が視界に焼き付いた。





 ___脇腹は薄くなっているが青あざで染まり、



 ___肩付近は未だに赤色の炎症が収まらず、



 ___背中は青のような黒で斑点のように、



 由莉の白い肌に傷をつくっていた。





「ひど……い、こんなの…………誰が」



 えりかは信じられないくらい涙をこぼしながらその由莉の肌を見た。



「…………私ね……お母さんに虐待されてたんだ」



「ぎゃく……たい……?」



「うん、お母さんから……いっぱい殴られた。いっぱい蹴られた……棒で叩かれた事もあった……っ」



「ゆり……ちゃん……」



「…………怖いよね、こんな姿。でも、えりかちゃんには見てもらいたかった。……いずれ……もっと___っ!」



 今への恐怖か、これから先への恐怖か__もしくはその両方かは分からない。由莉は全身が震えていた。



「えりかちゃん、これが……私だよ……これが____っ!?」



 由莉の震えを止めたのは___えりかだった。

 えりかはそっと立ち上がると由莉にばれないようにそっと、後ろからそっと抱きしめたのだ。



「ゆりちゃんは……ゆりちゃんだよ?なんで……そんなに苦しそうなの……」



「怖く……ないの?こんなに傷だらけなのに……」



「どうして……怖いの?ゆりちゃんを怖がるなんて……私にはできないよ」



「……っ!!」



 由莉は顔を両手で覆い嗚咽を堪えながら涙を流した。

 __嬉しかった。こんな姿を見てもえりかちゃんは私のそばにいようとしてくれる。今はそれだけで充分だった。



「ありがと……えりかちゃん……っ」



「わたしはずっとゆりちゃんの味方だよ……もし記憶が戻ってもそれは変わらない……よ?」



 えりかの言葉一つ一つ聞くだけで由莉は報われたような気がした。___だけど、えりかちゃんは私が……人殺しだと知ったらきっと離れていっちゃうから……



「えりかちゃん……私……もう一つ隠していることがあるんだよ。でも…………もう少しだけ待って?そしたら、全て……話すから」



 それまでの間は……今だけはえりかちゃんと一緒にいるんだ。そう心に誓って__



「うんっ。ねぇ、ゆりちゃんお風呂入ろ?少しさむい……」



「そうだね……じゃあ、もう少し入ろっか」



 二人は涙を拭うと仲良く風呂の中に入り、その温かさを体全体に染み渡らせる感覚を楽しんだのだった。

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