第4章 ふたりで!
由莉と『その子』の名前
「わから……ない……。わ、たし……は……?」
その子は__記憶を全て失っていた。わけも分からくて俯いてポロポロと涙を流すその子の様子を黙ってみているなんて出来なかった。由莉はその子の横に座るとそっと抱きしめてあげた。こうでもしないと壊れてしまいそうだった。
「大丈夫、大丈夫だよ……今は何も分からなくて辛いと思うけど……いつか絶対に思い出す日が来るから……っ」
由莉は気づけば自分も涙を流している事に気がついた。あれ……?なんで私まで涙が…………そっか……この子と私の状況が少し似ているから……だよね
その子はふと上を見上げると綺麗な琥珀色の瞳から涙をこぼしている由莉の顔が見え余計に涙が溢れてきた。
「どうして……あなたも……ないてるの……?」
「あなたが……私と似ているからだよ……。私も4年前より前の記憶が全く無くて……大切な人がいたはずなのに、誰だか思い出せないんだよ……っ。だから、あなたの気持ちは少しだけ分かる気がする……」
由莉はマスターや阿久津以上にその子に親近感を覚えた。単に年が近そうだからという訳ではなく、自分とこの子は似ているところがある。そう思ったからだ。
すると、その子は何かに安心したようにそっと由莉の胸にうずくまった。起きたら自分が何者なのか何も思い出せずどうしようもなく不安だったんだろう。
少し由莉は驚いたように目を開いたがすぐに優しい手つきでその子の髪を撫でてリラックスさせてあげた。少しくせっ毛だったけど、柔らかい髪の毛だった。その子も気持ち良さそうにしながら由莉に抱きついていた。
____________
「もう大丈夫?」
「はい……ありがとうございます、ゆり……ちゃん?」
「……ちゃん?」
初めて……いや、ちゃんで呼ばれたのは……この子が覚えている限り2人目だった。
1人目は___自分をゆーちゃんって呼んでいた……あの子だから……
「だめ……だった……?」
「う、ううん!全然いいよ!……うーん……、あなたの名前が分からないから……なんて呼んだらいいのかな……そうだ、名前を思い出す間、私が名前つけるよ!それでも……いいかな?」
「……うん、ゆりちゃんが付けてくれるなら……嬉しい」
少し照れたように話すその子がすごく愛らしいと感じつつ、そう言ったのはいいものの名前を付けるなんてした事なかったから由莉はすごく迷った。可愛い名前がいいなぁ……でも、人の名前なんてあんまり見たことないし……うーーん……
_______
しばらく必死に考えていた由莉だったが出てくる気配がなかった。どうしよう……っ、何も出てこないよ……。だけど、この子の名前は私が付けたい……!名前を思い出す間だけでもいいから……!
すると、今まで出てこなかったのに急にたった一つだけ浮かんだ。
「____えりか」
「えり……か……?」
「うん……うん!それがいいよ、可愛い名前だし!……あなたはそれでいい……?」
その子は2.3度その名前をぽつりぽつりと繰り返すと嬉しそうに頷いた。
「うん、それでいいよゆりちゃん」
由莉は若干気に入ってくれるか心配だったが、満足してくれたみたいですごくホッとした。
「じゃあ、記憶が戻るまではあなたの名前は、えりか……で…………っ!?」
由莉は咄嗟にその子___えりかの肩を持って自分から引き離したその瞬間、頭が割れそうなくらいの痛みの奔流が由莉を襲った。
「うぅ……っ!頭が……っ、いたい……!」
今までに感じたことのないような痛みだった。頭の奥にある「何か」が引き剥がされようとしている事への警告のように。
「ゆりちゃん……だい……じょうぶ?」
えりかが心配そうに由莉に近づいてくるがそれにも気づかないくらい痛みで狂いそうだった。
「うぐうぅぅぅ………!!」
両手を限界の強さで頭に押し当て、ベッドの上で激しくのたうち回った。痛くて痛くて気を失いそうになったが、それをさせて貰えなかった。
なんなの……なんなの、なんなの?なんなの!?痛い……痛い!!
えりかはそれを側で涙を流しながら見ていることしか出来なかった。あんなに優しいゆりちゃんが……突然苦しみだしたのに……どうしよう、なにも出来ない……それに……わたしも……なんだか苦しいよ……
その間にも由莉の頭の痛みがますます強まっていった。何かを思い出すのを拒絶するかのように___
「う……うあああぁぁぁっ!!!____」
そして、その痛みが頂点に達した時、由莉は意識が飛ぶのだと何となく分かった。
その瞬間、一つの記憶を……思い出した。
〈あなたの名前はゆり、大羽由莉だよ!漢字は違うけど、百合の花言葉みたいに……純粋で、優しいそんな_____でありますように〉
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