由莉は『その子』を見ました

 キュッと阿久津が運転する車が止まった。阿久津はシートベルトを外すと急いでゴム手袋を手に付けながらドアから飛び出していった。由莉はその様子を助手席から固唾を飲んで見守った。



 _____________



 阿久津はその車を見て少し安心した。明らかにかなり前に作られた形式のワゴン車、これなら問題ない__と、阿久津は車からあらかじめ持ってきた細くてやや長めのワイヤーハンガーを車と窓ガラスの間に突っ込んだ。多少のリスクは伴うがこの車ならこれで開く。数秒でガチャっという音とともにロックが外れると音がするとドアを開けてロック自体を外すと後ろのスライドドアを開ける。すると___



(いましたね………)



 そこには後ろの席に手首をビニルテープでぐるぐる巻きにされ、口にはガムテープがべっとり張りつけられている由莉より一頭身ほど大きな子供が意識を失った状態で倒れていた。阿久津は急いでその子を席から引っ張り出そうとしたその時、夕焼けによる逆光で見えなかった肌の様子が顕になり阿久津は「これは……っ」と目を逸らした。




 ____体全体に広がる擦り傷




 ____あちこち赤く腫れた肌




 ____顔に出来た打撲痕



 ここまでこんな子供にするのか___阿久津にそう思わせるほどその子は酷く傷つけられていた。服はなんとか着ていたものの本当にボロボロだった。



(これほどの傷をつける必要が……?明らかに過剰すぎている……)



 胸が痛くなりつつその子をお姫様抱っこをするように抱いた。相当に軽かった。息も弱々しい……それに……体が熱い。これは……っ、急いで車の中に運ばないと……!



 阿久津は急いでその子を抱えたまま車の方へ走った。


 ______________



(すごい……っ、阿久津さんあんな簡単そうにあのドアを開けちゃった……)



 由莉は阿久津が鍵も使わず一瞬でドアを開ける所をみてびっくりした。本当に朝飯前、と言った感じだった。



(あの子……大丈夫……だよね。死んじゃったら…………、ってだめだめ!そんな暗い考えしてたら……本当に……っ)



 急激にその子の容態が気になり由莉はいてもたってもいられなくなった。すると、阿久津が誰かを両手に抱えているのが見え、由莉は急いで靴を助手席の下に脱いでケースを静かに置くと2つのシートを両手で掴んで助手席から後部座席に飛び移った。そして後ろのドアを開けると阿久津がその子をそこから由莉のいる後部座席へと運んだ。

 その時、由莉はその子の容姿を初めて見た。第一印象は____







 それしか出てこなかった。衣服なんてもうボロボロで体全体が傷だらけになってもう意識もとっくに無くなっている。息も少し浅い。その子が乗ったら助手席に戻ろうと思っていたがそんな気も起きなかった。そばにいてあげたかった。自分の力で助けられなかったせめてもの償いに自分に出来ることは何でもしてあげたかった。

 由莉はその子の頭を自分の膝に乗せるように乗った。



(酷い……まだ子供なんだよ?それを大人が暴力で傷つけて……こんなボロボロに……っ!)



 その子の弱りきった顔を見ると由莉は標的へ激しい怒りがこみ上げてきた。もう殺したことへの罪悪感なんて由莉にはなかった。

 由莉はその子の全体的に少し伸びた前髪を少しだけ上げた。女の子か男の子か分からなかったが、『女の子』だと由莉には何となく分かった。

 少し撫でようとしたが、その時ある異変に気がついた。



(この子……体が熱い……!もしかして、熱中症……!?)



 全身が凍りつくような感触だった。由莉の全神経が明らかにまずいと反応しているから間違いなかった。



「っ、阿久津さん!」



「分かってます!」



 阿久津も分かっていたようで運転席に入るとかけていた冷房をさらに冷たくした。自分にはかなり寒いが自分のことはこの際どうでも良かった。早くこの子の体温を下げてあげないと……





 この子が死んじゃう………!





 熱中症は……それほどまでに怖いものだ。暑い中放置されている車の車内気温は……たったの20分で40℃に達し、下手すれば40分で50℃まで跳ね上がってしまう。そんな中に人を放置するのは……殺す事と同じだ。



(絶対ここに車がついてから冷房を切っているはずだから……あの車がついてから私が撃つまで……多分5分、それからビルから降りてくるのに4分、ここまで来るのに6分だから……冷房が止まって15分くらい。お願い……っ、間に合って……!)



 由莉は腕の中にいるその女の子が無事でいてくれるようにただ祈るしかなかった。

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