由莉は引き金を引きます

 コツンコツンと響く音と共に煤の被った階段を駆け上る一人の少女。担いでいるギターケースがゆさゆさと揺れ重心が右に左にぶれようとするがその少女__由莉は特に気にすることもなく突っ走っていった。


 ______



「ふぅ……上がるのは少し時間かかるなぁ……2分もかかっちゃった……」



 5階に来た由莉は少し辺りを見回した。埃にまみれただだっ広い灰色の空間が広がっていて、宙にも少し舞っていた。



「けほっ、けほっ……本当に何にもないんだ……さて、準備しよっ」



 由莉は都合よく窓ガラスがバリバリに割れている所を見つけるとそこにケースを置き、持ってきた灰色のシートを外から見られないようにこっそり敷いた。そして袋からケースの本体を取り出しパカッと開けると自分の愛銃が顔を覗かせていた。由莉は少しだけ笑みを零しながら2つに分解してあるバレットを取り出し2つのピンでしっかり結合させた。スコープも今日のために距離1000mで無風の時にゼロインするように調整しておいたから後は風と温度、湿度を計算するだけだ。



 由莉はバイポッドを展開しその布の上に銃を乗せスコープで距離感覚を測った。



(えっと、あの建物の窓枠が0.37mだから……あれ?ちょうど0.3ミル……ってことは距離1200……?うそ……200も違うと……1.6mくらい誤差が出ちゃうのに……距離1200で1.6m下だから……中心より1.3ミル下で撃てば大丈夫。それで10mの撃ち下ろし……そこからもう少し上に着弾する。だから上に1.2ミルだから0.4ミル下で撃てば絶対当たる!風の計算はまだ大丈夫。撃つ時には風が吹いていませんように……)



 由莉は弾道計算を終えて一呼吸置くとバレットの弾倉をケースの中から取り出し50口径弾を念の為に2発親指で押し込み、装着するとコッキングレバーを素早く引いて給弾した。

 ……ここからはもう、狙撃時間までただ待つだけ。2時間くらいあるかな……?暇だけど……全然行けるよ。5徹した事あるからこのくらいの時間は集中出来ないと……ねっ。



 __________



 2時間半後



 もう30分も過ぎちゃってる……本当に来るんだよね?

 狙撃するのがバレたのかな……?と由莉も一瞬ヒヤヒヤしたがすぐに杞憂に終わった。



(あの車……だよね。間違いなく……あれ?あの車さっき見たよ……?)



 そう、由莉が狙撃場所へ着く直前に由莉が少し違和感を感じた白いボックスカーだった。妙な胸騒ぎを感じた由莉はスコープ越しにプレートナンバーを確認した。……間違いない。さっきの車だよ。……っまさか!由莉はその時の記憶をフル回転させて巻き戻した。



(ボロボロになってる……『何が』?目標は人身売買のトップ……人……なの?しかもあれは……大人の大きさじゃなかったから……子供だ……っ。)



 激しい憤りで由莉の銃把を持つ右手がプルプルと震えた。頭の中にはただ二文字、



『殺す』



 それしかなかった。だが、そんな状態で撃っても当たるわけもないのは由莉も知っていたからその思いは胸の内に秘めることにした。



(仲間もいなさそう……あの二人だけみたいだし……撃ち殺したら阿久津さんに無理を言ってでも絶対にあの子を助けに行くんだ……!)


 ________



 由莉は一度深呼吸して目標を撃ち殺すことだけを考えた。目標達がいるところはコンクリート壁で遮られていたが……由莉はあるものを持たされていたから全く問題なかった。熱源探知スコープ__由莉はそれを片手でぶれないように構えるとしっかり覗いた。その先に目標二人の白い影がちょーどその部屋に入り椅子に座ったのがわかった。壁際に1人その後方2m付近にもう1人。由莉にとってもすごく都合が良かった。



(離れてる人をこの子の銃弾でバラバラにして……壁際の人は撃った時に飛び散るコンクリート片で……消し飛ばす。よしっ、行ける)



 由莉は横にそれを置くともう一度バレットを構え直した。今の配置は覚えたし、今から撃つんだから変わることもない。由莉はスコープの位置を後方にいるであろう1人の位置にスコープのレクティルの中心よりほんの少しだけ下に合わせると、由莉は今まで銃把を握っていた右手全体から人差し指だけを伸ばしトリガーガードに指を当てた。



(……初めての依頼。初めての……人殺し。だけどそんなの気にしない。今は……目の前にいる対象に……この子の弾を撃ち込んでやるんだ)



「すぅ………ふぅ……」



 由莉は静かに人差し指をトリガーにかけ徐々に引いていった。そして少し重くなったところで一旦指を止め、体の震えが完全に止まる瞬間を待った。もう一度吸ってから空気を吐き出して肺の中の空気が空っぽになったそのタイミングでクッと息を止めた。それまで多少なりともぶれていたスコープの照準が時を止めたかのように完全に静止した───次の瞬間、



「……撃ちます」



 _____由莉はカチリと引き金を引き絞った。

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