由莉は初めて外に出ました


 地図で調べた記憶を頼りに走ったり歩いたりすること20分。

 まだ暖かい4月だったから由莉は何とか駅まで体力を保つことが出来た。駅と言っても東京駅とかそのクラスで大きいものではなかったがそれでも休日なのもあって人もそこそこ集まっていた。


「これが……駅。……大丈夫。ネットで調べた駅より小さいし人も少ないから……」


 ここでお母さんと会ったらどうしよう、と少し足がすくみそうになったが由莉は気持ちを押し殺して駅の中に入っていった。


 たくさんの人の流れに呑み込まれるようにして駅の中に入った由莉は、まず駅の広さに目を見開いた。遥か先に見える壁やだだっ広い通路、天井に取り付けられた無数の蛍光灯、そして赤や黄色、青、様々な色に彩られた数々の看板。目眩がしそうなくらいの人々。ずっと狭く暗い空間に一人でいた由莉にはあまりにも広すぎて明るすぎて──綺麗だった。


 ───すごい……こんなに広いんだ……私の部屋なんか本当に豆粒くらいしかなかったんだ。


 ───これが、外なんだ……こんなにきれいなんだ……! さっきまで必死に走ってたから気にする余裕がなかったけど……すごいよ、本当に……っ。


 由莉は感極まって少し泣きそうになったが、こんな所で泣いて怪しまれるのは嫌だとグッと堪えると、辺りをキョロキョロと見回して券売機を探す。

 券売機が案外近い所にあったことに安心した由莉は電子マネーを使ってササッと180円の片道券を買った。

 由莉は取り敢えずホッと胸をなでおろしたが……次が由莉にとっての難関だ。


 ───自動改札───


 通勤ラッシュの時は流れるように通らないと周りの迷惑になってしまう、電車をよく使う人にはお馴染みのあれだ。

 由莉はその横で他の人の邪魔にならないようにびくびくしていた。


───あそこにこの券を入れればいいんだよね……?でも、なんだかそのまま手もあそこに引きずり込まれそうだから怖い……! あっ、電車もう来ちゃう……! どうしよう……落ち着け、私……っ。大丈夫、こんなの頭を狙い撃つより簡単。誰でもできることだから……


 由莉は自分に何度も言い聞かせて、ようやく意を決すると自動改札の列に並んだ。ほかの人は何事もないように通っていくからすぐに由莉の番がやってきた。あまりの緊張で手足はカチコチになってロボットみたいにギクシャク歩きながら自動改札の前まで来た。


 ───吸い込まれたらすぐに手を離す、吸い込まれたらすぐに手を離す、吸い込まれたらすぐに手を離す……大丈夫、行ける……っ


 由莉は震えながらも券を入れる場所にそれを入れた。シュンっ!と勢いよく券が吸い込まれていき、由莉もビクッと全身、鳥肌が立った。


(こ、怖かったぁ……)


 由莉はそのまま券を取りつつ自動改札を通りホームへ向かおうとするも……重大な事実に気づいてしまう。


(……あれ? ホームって……どこ?)


4番ホームだとは分かるのだが……この人集りだ。自分より背の高い人がなだれ込んできて由莉はわけも分からずその波に押し流されるしかなかった。

そして────迷子になった。


───ここどこ……? 誰かに聞かなきゃ……っ。誰かに…………


若干、目をうるうるさせながら、それらしい人物───駅員の人をちょいちょいとつついた。


「す、すみません……4番ホームはどこですか……? 迷子になっちゃって……」


上目遣いの少女の瞳を見た駅員は数瞬の間、硬直していたが、すぐにビシッと背を伸ばした。


「かしこまりましたっ! すぐにお連れしましょう!」


「あ……ありがとうございますっ」


本当に安心したように由莉がニッコリと笑うのを横目に、駅員は使命を全うしようという情熱の炎を燃やした。この子供を必ず目的の場所へ送らなければ、と。


すぐに駅員の人に連れられ、4番ホームへ行くと、電車の出発するアナウンスが入り、由莉は間に合わない……と、萎んだ表情でいた。


(お客様を安心させるのが駅員の務めだぁぁーー!!)


駅員は猛ダッシュし、数瞬だけ待ってもらうことに成功する。その隙に由莉は電車にひょいっと乗ると同時に空気が一気に抜ける音と共にドアが閉まった。セーフ……と一息つくと同時に自分を案内してくれた駅員を探す……すると、駆けつけたさっきの駅員がビシッと手を帽子のつばに添えながら敬礼をしているのが見えた。


たった1人の───少女の為に。


由莉はあんなに暖かい人がいるのかと、心の底がほっこりしながら、ぺこりと軽くお礼をする。そして、電車がゆっくりと動き出し、慣性の法則で反対側に引っ張られようとするのを何とか堪えると、その駅員が見えなくなるまでずっとその人のことを見ていたのだった。


そして、その駅員も同じだった。


(行ってらっしゃいませ。良い旅を)


────────────────────


 そのまま15分、由莉は初めて経験する揺れに心地良さを覚えつつも指定の駅に着くと電車を降りた。さっきまでいた駅とは違って、凄く田舎にありそうな雰囲気のある無人駅だ。

どこまでも田んぼが広がっているその光景に由莉は壮大さを感じられる。田んぼってこんなに広いんだ……写真で見ただけじゃ分からないんだなぁ……、と由莉はしみじみと思っていると、遠くからバスがやってくる音が聞こえてきた。乗り遅れると大変だと大急ぎでバス停の前に着いたのとバスが止まったのはほぼ同時だった。由莉はそのまま乗り込んで、再び揺れる車内の旅を続けた。




 45分後───


(や、山だ……)


 由莉が降り立ったのはもはや田んぼでもなく完全に山の近くだった。由莉はこんなところに家があるのかと、少し心配になったがあのメールを信じよう、と決めていたからそのまま自分の頭の中にある地図を必死に辿っていった。



 ───さらに1時間後



 由莉は休憩を挟みつつ自分の体力を考えながらゆっくりとしたペースで歩いていた。約束の時間まで残り30分だがギリギリ間に合いそうであった。


(何があるんだろう……怖いし、不安だけど、凄くドキドキするよ……!)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る