由莉は思いを知りました
由莉は一人暗い空間の中で目を覚ました。周りには何一つない、そんな場所だ。
「私……なんでここにいるんだろう……」
思い出した。私は……マスターに見捨てられたんだ。あの子も使えなくなちゃった。そんな自分に……存在価値なんてない。それなら、もうこのまま暗い場所で一人で……
「死んじゃいたい……」
『……ゆーちゃん』
「……!?また……声が……誰なの?ねぇ……あなたは誰なの!?」
再び聞こえた知らない少女の声に何故か由莉は動揺を隠せず、声を荒らげた。
「いやだ……もう誰の声も聞きたくない……聞きたくない!」
由莉は世界を拒絶するかのような声を上げ耳を塞ぎしゃがみ込んだ。
「もう私には誰もいない……私はずっと一人だった。一人だったのに……ずっとそのままでもいいと思ってたのに、なんで今更助けなんて求めたんだろ……馬鹿みたいだよね……本当に」
誰がいるというわけでもなかった。だからこそだろうか。口に出さずにはいられなかった。止められなかった。
「好きな人に嫌われることが……見捨てられることがどんなに辛いか知っていれば……誰かの助けに縋ることなんてしなかった……マスターにも……阿久津さんにも出会わず、ずっと一人であの部屋にいたのに!こんな……苦しい思い……しなくてすんだのに……!こんな………っ」
話すうちに由莉は大粒の涙を流していた。
―――そんな訳……ないじゃん……。本当は……マスターと一緒にいたい。阿久津さんとも一緒にいたい……あの子を、もう一度使いたい……!けど、今更そんな資格が自分にあるわけがない。もう私には……なにも……
『ゆーちゃん……前を……見て……』
「えっ……?」
また少女の声が聞こえたと思えば頭の上に手を触れられた気がした。その瞬間、この数時間で起きたことが頭の中に流れ込んできた。
__由莉、しっかりしろ由莉!!
マスター……何でそんなに必死なの……?私、もうマスターの役には立てないのに……
__ふざけないでくださいよ!?由莉さんがその顔を見てどう思ったと思いますか?『マスターに見捨てられた……』私でもその状況ならそうとしか思えませんよ!?さっき言いましたよね?由莉さんにとってマスターから嫌われる、見捨てられるという事は死と同義だって。
阿久津さん……なんで私のためにそんなマスターに怒ってるの……?私なんかのために……
__……やめろ
__断言します。今のマスターのままだと……由莉さんは遅かれ早かれ、確実に命を落とします。
__やめろといったはずだ、阿久津!
やめて……なんでマスターと阿久津さんが喧嘩してるの……?なんで……私のために……っ!
私なんかのために……どうして?
《由莉さんは……優しい人です。他の生き物の命のために涙を流せる……それが私には出来ませんでしたから……。》
あくつ……さん?
由莉は自分の耳で阿久津の声を聞いた。記憶のやつじゃない。今、阿久津さんは自分の前にいるんだとようやく知った。
《由莉さんは……強い人です。どれだけ辛いことがあっても苦しいことがあっても必死に立ち上がろうとする姿、本当にかっこよかったですよ。》
違う……違う……私は強くなんかない……もう何も持ってない弱っちいただの子供だよ……?なんで……
《……私はまたいつもの由莉さんを見たいです。それは……マスターも同じはずですよ。》
「っ!?」
由莉は……ようやく知った。マスターも阿久津さんも……私を心配しているんだ……そして待っているんだ……。それなのに……私は自分の勘違いで心の中で塞ぎ込んで、死んじゃいたいとさえ一瞬考えた。この……ばかっ!
「戻らなきゃ……っ!」
そう思った瞬間、暗い世界の中に一筋の光が差し込んだ。あそこにいけばきっと戻れる。そう直感的に感じた由莉はすぐさま走った。全速力で走った。もう足がちぎれるんじゃないかと言わんばかりの速度で走った。自分の中なのに、感覚だけは妙にはっきりしている。
心臓の鼓動は嵐のように荒れ狂い、頭もハンマーで何度も叩かれるような痛みがガンガンと響く。腕も足も鉛のように重たい。
しかし、走るのをやめる考えは一切しなかった。
戻らなきゃ……!マスターと阿久津さんのところに……!戻って……それから……っ!いや、そんなの今はどうだっていい!今は……!
《……由莉さん……お願いします……生きてください……っ!》
わかってるよ……阿久津さん。私、もう二度と死にたいなんて言わないよ。私は……私は……!
「生きたいんだっ!!」
由莉は永遠とも思える長さを最初から最後まで全速力で走りきろうとしていた。もうどのくらい時間が経ったのか分からない。1時間かもしれないし1日かもしれない。それでもその光はすぐそこにまで見えていた。すると、その前に一人の女の子が立っていた。もう意識も朧けだった由莉にはそれしか分からなかったが、間違いなくあそこがゴールなのは分かった。ヘロヘロだった由莉は最後の最後でさらにラストスパートをかけた。もう心臓が爆発してしまいそうだったがそんな事一切気にも止めなかった。もっと……もっと早く!
少女との距離があと数十メートルの頃まで迫るとその少女は由莉に向かって手を差し出した。そこから数秒で最後の数歩まで走り抜くと由莉は思いっきり前に飛んだ。もう少し……もう少しで……っ!
少女は由莉の手をしっかりと握って引っ張りこんだ。とても……懐かしい感触だった。何故なのかは由莉には考える余裕もなく……そして……由莉の意識がなくなるその瞬間、その少女は由莉に向かって一言だけ話した。
『ゆーちゃん……生きてね……』
そうして__由莉は現実の世界に帰ってきた。
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