阿久津は過去を語りました

 阿久津は由莉を部屋までつれていくとベットにそっと由莉を乗せた。その時には既に日は高く昇っていた。相変わらず由莉の意識はなくその瞳はどこを見ているというわけでもなく__



「由莉さんすみません。マスターと大声で言い争ってしまって」



「____」



 反応は返ってこない。阿久津は由莉の横に座ると由莉には話してなかった事を教えた。



「本当はですね……私も由莉さんと同じことを経験したんですよ」



 気のせいかもしれないが由莉がピクっと動いた気がした。___身体は動かなくても由莉さんにはこの声が聞こえているのかもしれない。

 そう思った阿久津は自分の当時をぽつりぽつりと話し始めた。



「それを話す前に私がマスターに出会った時の事でも話しましょう。……それは11年前のことでした。その当時、私の住んでいた場所は紛争の絶えない地域で銃声が聞こえない日はありませんでした。そんな場所で私は……ずっと一人でした。毎日生きていくのがやっとで時にはスリとか盗みとか色々やってました……そうでなければ生きていけなかったですから__っとすみません、そろそろマスターとの出会いを話しましょうか。」



 阿久津は一度ベットの上に座りなおすと由莉に伝わるように願いながら話した。



「その日、大きな銃撃戦があったんです。自分は偶然、家屋の中にいたのですが、外にいた人は……全員無残な姿になり果ててました。擲弾が命中して体の一部を残して四散した人だったり、流れ弾が体に何発も当たって身体のあちらこちらに孔を開けた人だったり……今でも忘れられませんよ。その間、私はいつ死ぬのだろうと隅で震えていました。外から聞こえる悲鳴、窓に飛び散る血しぶき、流れ弾で窓ガラスが割れて……地獄そのものでした。そんな騒乱が終わったのは夜になってからの事でした。いつ死ぬのかと震えながら何時間も過ごしたせいで既に私は生きる事を諦めていました。マスターに出会ったのはその時でした。」



 阿久津は懐かしそうに目を閉じながら話を続けた。



「銃を構えながら私のいる家屋に入ってきたマスターと目が合い、これでやっと死ねる……そう思って今か今かと目を瞑ってその瞬間を待ちましたがその時はいつまでもやって来ませんでした。恐る恐る目を開けるとその時のマスターが私に手を差し伸べてくれたんです。『私と一緒に来ないか』と……その時、私は日本語が分からなかったのですけど、こんな私を初めて見てくれたマスターの手を私は涙を流しながらとりました。自分にとっては本物のヒーローみたいでした。」



 阿久津はそのままその経験をした時のことについて話した。



「由莉さんと同じ経験をしたと言いましたね。私はマスターと出会ってから1年は経った頃に私もうさぎを殺すことを命じられました。その時、生きる事だけを考えていた私は他人の命を気にする余裕もなく無我夢中でナイフで何度も刺して殺しました。自分の手で命を刈り取る事に何も戸惑いがないと知った時は自分でも怖くなりましたけど……ね。」



 そこまで言うと阿久津は由莉を抱きしめた。我慢が出来なかった。これ以上、こんな状態の由莉を見ているのが辛かった。早く戻ってきて欲しかった。



「由莉さんは……優しい人です。他の生き物の命のために涙を流せる……それが私には出来ませんでしたから……。由莉さんは……強い人です。どれだけ辛いことがあっても苦しいことがあっても必死に立ち上がろうとする姿、本当にかっこよかったですよ。……私はまたいつもの由莉さんを見たいです。それは……マスターも同じだと思います。あんな感情を剥き出しにしたマスターを見たことを私はなかったですから……よっぽど由莉さんを気にかけてなければ、ああは言いませんよ。……由莉さんはマスターに見捨てられたと思ったんですよね……そんな事ありません。由莉さんがこうなったことを涙を流すほど悔やんでたんですから……」



 阿久津は話しているうちにまた少し込み上がるものがあったが男がそんな泣いてはいけないとぐっと堪えつつ、一番心の底から由莉に伝えたいことを由莉に伝えた。



「由莉さん……お願いします……生きてください……っ!」



 耐えきれず由莉の背中に涙を洩らしながら阿久津はしばらくの間そのまま由莉を抱いた。そして___



「……ぅ___」



 由莉から僅かに声が……いや、声と呼ぶにはあまりにも弱い音が発せられたのが阿久津の耳にはっきり聞こえた。



「……?由莉さん……由莉さん!」



 阿久津は驚きながらも由莉を抱きしめるのを解いて由莉の顔を覗くと……由莉の瞳には光が戻り、目から涙をボロボロ零していた。



「マス……ター……あくつ……さん……うっ……ううぅ……っ!」



「……良かった……本当に良かった……!」



 阿久津はもう一度由莉を強く抱きしめた。こうでもしないとまた由莉がどこかへ行ってしまいそうに感じたから__


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