忘却、或いは逃避

目の前にいた男を一閃して斬り捨てる。

男は胴から真二つに裂け、派手に血飛沫を挙げながら絶命した。

肉を裂く感覚は最早手馴染みのあるもので、誰かに慈しまれる事よりも見知ったものである。

自身の血で型作った刃の切れ味も未だ衰える事はない。

FHセルの制圧。

制圧というには些か名ばかりで、これを形容するのであれば、虐殺といった方が正しいだろう。

どうにもならない時にだけ、俺が身を置く実働部隊は呼ばれる。

何十人目かを斬り捨てたところで、通路は突き当たりにあたった。

「…戻るか」

屍を踏み抜いて、来た道を戻る。

ふと意識を逸らすと、誰かの怒号が聞こえてきた。

そういえば指令系統をまだ潰してないな。

誰かがもうやっただろうかと思っていたのだが、見た所ここら辺りが最奥らしく、居るのは自分だけの様だ。

まあ、そのうち誰かしらはやってくるだろう。

ドアを蹴破り中に入る。

全身返り血塗れの俺を見てその男はギョッとしたのか、引きつった顔で後ずさった。

「な、なんだお前は…UGNか?」

「それ以外になんだっていうの。面倒くせー事訊くんだなあんた」

司令室にはどうやらこの男しか居ないらしく、部屋には俺と男の二人きりだ。

「その刀……貴様、血劔≪ブラッドエッジ≫か!?」

「ああ、そういう呼ばれ方もされてるね」

コードネームの所以である刀をちらりと一瞥してから、俺は目の前の男に答えてやる。

男は大層たじろいだ様子であったが、時間の経過故落ち着きを取り戻したらしい。

俺の方を見て嘲笑を浮かべる程度の余裕は出来たみたいだった。

「…ハッ、どうしたって貴様みたいなモノがUGNなんていう温い組織に所属してるんだか。……今更人間ぶってるつもりか」

そう言われたところで、男の左腕を飛ばした。

男はギャアと潰れたカエルみたいな呻き声を上げて壁際まで後退する。

「俺が人間ぶってる様に見えるなら、あんたの目は随分おかしいよ」

「なら…ッ何故……そんな所に居る……!」

「別に。強いていうならFHは反吐がでるほど嫌いだから。まずいい思い出ないし、行動理念に統一性がなくてキモい」

右腕を飛ばす。

斬り飛ばした腕は弧を描いて俺の背後にぼとりと落ちた。

「まあ、消去法ってヤツ?……あと、あんたは俺を人間ぶってるって言ったけども」

そのまま右脚も飛ばす。

男はバランスを崩して惨めに倒れこんだ。

「こんなモノに侵された時点で、人間として終わってるよ。俺もあんたも。例外なく」

男の側に歩いて行き、頭を掴んで持ち上げる。

男はひゅうひゅうと息を吐きながら、さも愉快そうに笑った。

「…そうだ、よくわかっているじゃあないか。俺たちは化物だ。寸分違わず、例外なく。だから人間と共に手を取って生きていける筈などない。UGNはそれをわかっていない。化物なのだから、自分よりも下等な生き物を蹂躙して当然だろう」

成る程、それも一つの生き方だろう。

だがひとつ言うのであれば、

「……オーヴァードなんてモノは等しく化物だと思ってるんだけどさ、その中でも人間のフリが上手い奴とそうじゃない奴がいると思ってんだ」

「…?」

男は不可解そうな顔をした。

俺は男に構わず話を続ける。

別に目の前の人間に意見を求めている訳ではないから、これはただの俺の演説だった。

「俺の中では、何かに拘って生きている奴は、その拘っている事柄が良かろうと悪かろうと、人間らしい、ということにしてる」

「なにを…」

「本当の化物ってヤツはさ、他者を蹂躙してもなんの感慨も湧かないモノのことなんだよ。いくら人を傷つけても嬲り殺しても惨たらしく斬り捨てても、なにも思わないんだ。“そういうもん”だって思ってる。

同じくらいの歳の子供と闘わされてその結果相手の首を刎ね飛ばして殺してしまうのもそう、異形の生き物と同じ部屋に放り込まれて、生きてる方が出てこれるとか言われて、相手が肉の塊になるまで切り刻むのもそう。

俺にとっては、何かを殺すなんて事は、特別高揚感も後悔も湧くようなことじゃあないんだ。殺す事に大義名分だとか、快楽だとか何か“意味”を見出せるうちは随分人間らしいと思う。

…俺にはそれが無い。」

男は再び引きつった顔をしながら、俺の方を見遣る。

「だからさ、俺はあんたが死のうが生きようがどうでもいいよ。だから殺せる。だってどうでもいいんだもの。そうだろ?」

ぶらり、と俺に掴まれていた男が身じろいだ。

ああ、そんな助けてくれ、なんて顔で見てこれる内は、あんたも大概、よっぽどニンゲン寄りの感性をしているよ。

さてどうしてしまおうかと思っていたら、背後に誰かの気配を感じた。

「至道さん…じゃないな、あんた誰」

振り返ると知らない女がこちらをじいっと見つめている。

目が合った。

女の目は若干の恐怖で震えている様に見えた。見馴れた表情だ。

彼女はなにか話し始めたが、さして興味は無いので適当に返事をして相手の話を断ち切った。

どうやらUGN所属のエージェントらしい。

なんだか男をどうしようというやる気もなくなってしまい、掴んでいた彼の頭から手を離す。

そのままぼとりと落ちた男は俺の足元で痛みに悶絶していた。

どうせ俺がどうにかしなくても、この出血である。ほっといてもそろそろ死ぬだろう。

それに彼女がUGNのニンゲンなのであれば、俺の代わりにこの男をどうにかしてくれるだろうから、俺はこの場を去る事にした。

ドアの前に突っ立っている女の横をするりと通り抜ける。つもりだった。

左腕にくん、と引っ張られる様な感覚を覚えて、横目でじとりとそちらを見遣る。

何故かその女に腕を掴まれ、引き留められていた。

もう一度女の目を見つめる。

そこにはあまり見馴れない感情の色がちらちらと揺らめいていて、俺は酷く居心地が悪い気持ちになった。

「なにすんの、邪魔」

出来るだけ冷たく酷薄に振舞い、腕を振り払って当てなくふらりとその場を離れる。

心臓をそのまま掴まれた様な感覚がした。

あの色はなんだったんだろう。

かつてそんなものを向けられていた様な、甘んじて受けていた様な。

ただハッキリと分かるのは、そんなものを向けられるには、俺はあまりにも不釣り合いな生き物であるという事だ。

どうして彼女はあんな、まるで何か大切なものを取り零してしまいそうな、そんな目で俺を見つめたのか。

生きたまま臓物に触れられたかの様な、ぞわぞわとした感覚に気持ち悪さを覚える。

おえ、と一人えずいた所に襲いかかってきたFHの人間を、八つ当たりとばかりに刀で斬り裂いた。

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