獣に指示者は身に余る

「つー事で、お前本日付でN市支部の支部長になったから。昇進オメデト〜」

屍肉の山で義父、もとい上司の至道さんにそう告げられたのは未だに記憶に新しい出来事だ。

つーかなんで俺、あんまりにもミスキャストではなかろうか。

身内とはいえ上司に下された辞令の意味をまるで飲み込めずにぽかんとしていると、少し下に居る至道さんに付け足しとばかりにこう言われる。

「あ、ちなみに辞退とかはナシな。日本支部幹部の俺権限でそういうの取り合わない様に、って言ってあるから。まあ社会見学だと思ってちゃんとやってきなさいよ透ちゃん。」

人生何事も経験だぞう、などと朗らかに笑う至道さんに若干苛ついてしまう。

何が社会見学だよ、そもそもあんた俺にそんな人間みたいな事務まると思ってんのか、自分ですら自分の事がよくわかんないガキが人に指示を出すなど出来るわけがないだろうが。

やっとの事で出た一声は、蚊の鳴くような声で、「はぁ…?」なんていう間の抜けた返事だった。

「日向深咲、と申します。」

日向と名乗った彼女は、どうやら俺の右腕たる副支部長なのだそうだった。

歳は俺より少し上で、副支部長というポストに就くには少し若い。

十代の俺がそんな事を言えるかというと、お前が言うな、と言う感じなのだが。

ただ若いと言っても、有能であろう事は立ち振る舞いからなんとなく伝わって、なるほどこれならこの若さで副支部長になれる訳だと妙に納得してしまう。

そして余計に自分とのちぐはぐさを感じてなんともいえない気持ちになる。

「あーと、…明月透っス。一応、日向さんの上司、って事になるんスかね。」

「一応、ではなく上司です明月さん。」

「…俺の話ってどこまで聞いてます?」

「どこまで、と言いますと?」

「支部長になった経緯とか、UGN入った経緯とか。」

「…一通りは。そうでなくても、明月さん、貴方はご自身が思ってるよりも随分と目立つ存在でしたから。」

そうなんだろうか、いや、そうなんだろう。

大抵UGNに保護された幼いオーヴァードというものは、UGNの訓練施設に入りチルドレンとしての教育を受けるのだろう。多分。

俺はその過程をすっ飛ばして、というか俺が実験動物として飼われてたFHのセルをほぼほぼ一人で捻り潰したUGNエージェント、至道弥彦に保護され、彼のあまりに清々しいまでの惨殺っぷりにえも言われぬ恐怖と感銘を受けて彼の家に転がり込んだという経歴は些か組織内では奇特なものらしかった。

そもそもの話、実父を含む当時周りに居た大人達を見るも無残な肉塊にした男に「自分にも奴らを殺す術を教えてくれ」だなんて言って養子になる様な子供も居ないだろう。

俺としては至極真面目かつ当然な発言なのだが今まで一回たりとも同意を得た試しはない。(無論引き取った本人にすら「俺が言うのもなんだけど、ぶっちゃけそれ言われた時は結構本気で困った。」などと言われた。)

兎に角、本来ならチルドレンとして組織内での役割を果たしている様な年頃から至道弥彦の下でエージェントとして実働部隊に所属していた俺は周りからは随分好奇の目で見られていた。

大体初めて同じ任務にあたる人間からはやれあまり前に出て怪我をするなよだとかなんでこんな子供がだとか軽んじられる事が常なのだが、任務が終わる頃にはすっかり怖がられて遠巻きにされるのだ。

あまりにも敵の処理の仕方が容赦なく、惨い、近寄ったら巻き添えを食って殺される、だとか。

その通りだと思う。

正直力を使って敵を斬り捨ててる時はあまり周りを見ていないので、もしかしたら過去に一人や二人くらいはうっかり身内も斬り倒してたかもしれない。

思考が逸れた。

彼女は一通りは、などと言っていたので、つまりはそういう俺のよくない印象だとかも知っているのだろう。

とんだ厄介者を押し付けられてしまったのだ、彼女は。

結構くじ運がないのかもしれない。

可哀想な人だなあなどと思いつつ、出来るだけ無表情で彼女に釘を刺しておく事にする。

「あの、多分俺、支部長とかすぐ辞めると思うんで。日向さんも適当にやって下さい。俺も適当にするんで。」

「はぁ」

「そもそも俺、上司の至道弥彦さんに言われてよく分かんねーまま支部長になったって言うか、まず基本的に人殺す位しか出来ないんでデスクワークで役に立たないというか。」

「成る程」

「なんで、その、手荒な事をしなきゃいけない時だけ呼んで下さい。」

「支部長でないと許可を通せない書類などもあるのですが」

「じゃあサインだけするからその時だけ言って。」

「…そうですか。」

日向さんはちょっと眉間にシワを寄せた後、言いたい事がありそうな素振りはありつつもわかりました、と一言言って自分のデスクに着いた。

俺はちょっと気不味い気分になりながら、応接間の横にある自室に繋がるドアを開けて、そのまま寝具に突っ伏した。

このまま感じが悪く勤務態度が最悪な支部長でいればきっとエージェントに降格するだろう。

いいのだ俺は、人に使われる駒で。

誰かが下す指示の下で、人を殺して蹂躙するだけの獣で。

そんな他人の血でドロドロと汚れた獣に他人の命を預かる真っ当な立場など務まる訳がないのだ。

ああ早くあの鉄錆の味と臭いで噎せ返る場所に戻ってしまいたい。

そう思うのはそうしたいからなのか、そうでなくてはならないからそうするのか。

どっちでもいいや、どうでもいい、と目を伏せた。

「シブチョー!起きろ!朝だぞ!」

「出勤時間だ!起きろ!」

五月蝿え、つーかお前ら学校どうしたんだよ、何時だと思ってんだもう登校時間過ぎてんぞ。

常勤の双子に引っ張り起こされながら悪態を吐いたら、今日は高校は創立記念日で休みなのだそうだ。

そうだったっけ?などと返したらシブチョーはもっと学校にも行くべきだと両サイドから小言を言われる。

どれくらい行ってなかったっけ、能力で作った自分そっくりの従者にごく稀に登校を代行して貰っているが。

そもそも単位足りてたっけか、高校から何か書類が来てた気がするけど覚えてない。

なんて事を考えながらずるずると職場まで連行される。

貸しビルの一角にあるうちのオフィスには、既に深咲ちゃんが自分のデスクに着いて何かしらの仕事をこなしていた。

「あら、ありがとう二人共。」

「どーいたしまして!」

「いたしまして!」

俺を連れて来たインコとどろろは、俺を深咲ちゃんの前に置き去りにしてそのままきゃっきゃと何処かへ行ってしまう。

「…なんですかその顔」

「は」

「何を今更、そんなバツの悪そうな顔をなさってるのかしら。」

ああ、と言われて先程まで見てた夢を思い出す。

ここの支部長になって初めて彼女と会った日の夢を見たのだ。

「……あのさー深咲ちゃん」

「なんですか」

「俺やっぱり思うんだけど」

「何をです?」

「支部長、俺より深咲ちゃんの方が向いてる気がするよね。」

「……何度目ですかその話。」

「えっ?何度目だっけ?透ちゃん覚えてないにゃ〜?」

茶化したら冷ややかな目で見られた。

目線が痛い。

ていうか寝巻きのスウェットにTシャツなんて出で立ちだから余計にクズ感がすごい。いつもか。いつもだった。

「私は、…ここに配属された頃から副支部長というポジションが気に入っています。なので明月さんはどうぞ、そのまま支部長の席で大人しくしてて下さい。」

「でも深咲ちゃんが支部長になった方が心労が減ると思うよ?上司が仕事しないとかそんなこと考えなくていいんじゃない?インコもどろろも深咲ちゃんの言うことはきちんと聞くし、なんならゆーくんだって俺なんかより深咲ちゃんの方によっぽど信頼おいてると思うんだけど。」

「貴方は自分で仕事をしないのを分かってて直さないのですね、……いえ、愚問でした、そういう方でした。」

俺の意見にこめかみを抑えながらはあとため息をつく。

彼女のこんな困ったような、それでいて本気で怒ってる訳では無いような、そんな顔を見るのはいつもの事で。

俺は彼女のそんな顔が、なんだか殺してしまった母親を思い出させてわりと好きではあるのだけど、その後に来る小言は中々頂けない。

「別にいいです、明月さんが仕事をしないのならその分私がやりますもの。適材適所という言葉があるでしょう、そもそも情報収集がからっきしな明月さんにそんな事をさせても余計な手間が増えるだけです。それならその分、肉体労働をしていただけばいいだけのことですから。…だから、もうこの話は聞きません。ここの支部長は貴方なんですから。」

きっぱりと、はっきりと言われてしまった。

この支部はお前の家だ、と。

そういえば至道さんにも同じような事を少し前に言われた気がする。

深咲ちゃんは言いたいことは言ったとばかりにもう目の前のノートパソコンに向き合っていた。

酷い女だ。

甘やかしてくるようで、一番甘やかして欲しいところは突き放してくるのだ。

どうやっても、一番苦しいところは自分で頑張りなさい、どうにかしなさい、と言ってくる。

なんでどいつもこいつも俺にそんな真っ当な人間みたいな事をさせたがるのか、俺の事をなんだと思ってるんだ。

苦虫を噛み潰したみたいな顔をしながら突っ立ってると、深咲ちゃんはついと俺に視線だけ向けてくる。

「…何か召し上がります?」

何も言わないまま突っ立ってる俺を、朝食の催促でもしてると思ったんだろう。

「なんでも、有りもんでヨロシク」

「わかりました。」

そう言うとデスクを立って流しの方へと深咲ちゃんは姿を消した。

「………お母さんかアンタは。」

その場にいない7つ上の部下にぼそりと悪態を吐いた。

このなんともいえない居心地の良さが毒である、多幸感を感じてしまうからこそ薄ら寒くなってしまうのだ。

だからこそ、養父の家に居た頃には見たこともなかった母親との優しい思い出なんてものを夢に見てしまう時があるのだ。

だからこの場に一人になった時に静かだなんて思って心細くなってしまうのだ。

どうして獣のままでいさせてくれないのだろう。

人間に戻るには今更すぎるのに。

ここに居る人達は優しすぎて息苦しい。

ああもういっそのこと俺もぱたりぱたりと謎の失踪を遂げているチルドレン達みたいに、逃げ失せてしまうかなあ、そしたらこの人達は俺の事を探すのだろうか。

探すのだろう、多分。

そうしてまた、この支部長という椅子の上に座らせて括って繋いでしまうのだ。

まるで周りから大事にされているかの様でそれは俺にとっては地獄の様だ。

取り留めのないことを考えながら、とりあえず、寝巻きを着替える為に自室に戻った。

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