アントワネットブルー
今度うちの部隊に配属されるエージェントは、齢にして12歳の少年だという。
周りの先輩達は、子供がこんな所に来てどうするんだ、足手まといにしかならないだろう、だなんて言うけれど。
俺は、その子が一体どれだけ血の滲むような努力をしてきたのだろうと、なんてすごい子なんだろう、と思っていた。
*
初めて見た彼の印象は、華奢で大人しそうな少年だった。
多分白雪姫が男の子だったらこういう感じなんだろうなあ、とぼんやり思う。
ただ、そんな例えを出すのを憚る程度には眼光が鋭すぎたのだが。
いかにも大人にナメられたらおしまいだ、というぎらりとした目線にすこしギョッとしたものの、挨拶をちゃんとしているあたりきっと悪い子ではないんだろうと思う。
ならばまず自分は彼にとって油断ならない大人ではなく、助け合える仲間だという事をアピールするべきだと思った俺は、彼に握手を求めてみることにした。
結果は怪訝な顔で他人とベタベタするのは嫌いなんです、と突っぱねられてしまった。
参ったな、思っていたより難攻不落だった。
どうしたものかという俺の考えが顔に出てたのかどうなのか、透くんはすこしウッとたじろいでいて、ちょっと悪いことしちゃったな、などと思う。
「芦屋!…なに子供相手に油売ってんだ。早く来い」
いつまでも立往生していた俺達に、ブリーフィングルームに向かう先輩から声がかかる。
すみません、と先輩に声をかけてから、目の前の透くんに一言詫びを入れ「…じゃあ、ブリーフィング行こうか」と移動を促す。
彼もそうですね、と言って俺の数歩後ろに付いてきた。
やっぱり、基本的には素直でいい子なのかもしれないなあと思ったが、彼に言ったら怒られそうなので黙ってブリーフィングルームに向かう事にした。
**
「それにしたって、可愛げのない子供だよなぁ。ずっと仏頂面で、ぴくりとも表情筋が動かねえもんよ」
「至道部隊長もあんな子供をココに入れるような人じゃなかったと思ってたんだがなあ、変わっちまったなあ」
食堂で聞こえてきた先輩達の会話は、透くんに関する鬱憤だった。
やれ実力はそれなりにあるのかもしれないが、それにしても所詮は子供のそれで、きっとたかが知れているだとか、どうせ養父のコネで入っただけのお上りさんだとか、そんな内容。
普段俺は先輩に対しては敬意を持って対応しているつもりなのだが、流石にこの根も葉もない会話にはもやもやとしてしまった。
そして、普段なら絶対言わないであろうのに「俺はそんなことないと思います」だなんて言ってしまった。
自分で思っていたより語気が強かったのか、それとも普段ならこんな事を言わないためか、透くんをこき下ろしていた先輩三人からギョッとした顔で見られる。
「……芦屋お前、どうした?」
「そんなに怒ることでもないだろ、お前の話じゃないんだし」
随分いやにあの子供の肩を持つんだな、と言われ「…子供とはいえ、彼も俺達と同じ部隊の人間ですから」と誤魔化すように返す。
なんだか遣る瀬無い気持ちになった。
もしかしたら、透くんは今までずっとこうだったんだろうか。
子供というだけで、侮られて軽んじられて嘲られて。
だから大人なんて信用ならない、なんてあんな目をしているのだろうか。
それは、あまりにも酷なことだと思った。
俺も確かに、実力があるにせよこの部隊は子供には些か厳しい場所だと思ってはいる。
だが、それは彼に限らず俺にとっても、他の人にとっても同じ事だ。
そこになんの差別も違いもないのだ。
子供でも、彼も俺と同じ、対等なエージェントだと、そう思っている。
けれどきっと他の人達はそうは思わないから、だから彼を軽んじるのだろうし、彼もまた大人を遠ざけるのだろうと思う。
俺は、自分が彼にとって信用を預けるに足る仲間になりたいと、そう思った。
***
今日も透くんは一人でぼんやりと外を眺めていた。
きっとあと5年もしたら、こうしてぼうっとしてるだけでももっと様になるのだろうなんて余計な事を考える。
彼は基本的に、部隊長と一緒に居ない時は何をするでもなくただ一人でいることが多かった。
だから俺はこうして一人の彼を見かけるたびに声をかけては御構い無しに隣に座って他愛のない話をする。
最初こそは逃げられたりしたものの、こうして毎度毎度の事となると、もう抵抗を諦めたのか隣に座っても何も言わなくなっていた。
黙って窓の外を眺める透くんに、ふと今まで聞いてみたかった質問を投げかける。
「…透くんは、どうしてUGNに入ったんだい」
「はい?」
不思議そうな顔でこちらを見られたものだから、そのまま「すごいなって思ったから、何がきっかけなのかなあって」などとざっくりと理由をつけて話す。
透くんはそれを聞いたあと、少し思案する様子を見せた後、こう続けた。
「…4年前に、至道さん…いえ、部隊長に保護されたんです。それで、……すごいなって、かっこいい、…俺もそうなれたらいいなって思った」
「だからUGNに?」
そう問うと、照れたのか少しだけ紅潮した顔で、まあ、だなんて言葉を濁される。
俺は少し嬉しくなった。
まさか彼とこんな所で共通点があるなんて思ってもみなかったから。
そうしてうん、と頷いて「わかるよ、かっこいいよねえ部隊長」と笑顔で透くんに言う。
「俺もね、部隊長に憧れているから、その気持ちはすごくわかる」
「……そう、ですか」
「うん…俺も高校生くらいの時かなあ、レネゲイド関係の事件に巻き込まれちゃって、その時にオーヴァードになったんだけど…俺は何にもできなかった。」
未だ記憶に鮮明な、数年前の出来事を語る。
「そこに、部隊長が現れたんだ。俺や他にいた人達を背に、人を護って戦うあの人が、それはもうどうしようもないくらいかっこいいと思ったんだ。」
透くんは黙って俺の話を聞いていてくれた。
思えば、こうして彼が俺を真っ直ぐに見てくれたのは初めてかもしれない。
「……だから俺はUGNに入ったんだ、俺も誰かを守る為に戦うんだって。…だってどんなに恐ろしかろうと、誰かを、人を守る為なら、俺は逃げずに戦えるんだ」
憧れたあの人みたいに、いつかなるために。
空はとても晴れやかで、すこしあの時の空に似ていた。
彼はじっと俺を見つめている。
この話を聞いて、何をどう感じたのだろう。
俺が彼の方に居住いを正そうとすると、「そう」と一言言うとそのまま何処かへと行ってしまった。
一瞬だけ見えた透くんの顔は、ひどくかなしそうな、さびしそうな顔をしていて。
俺は、自分が無力だと、そう思った。
これは勝手な想像だけれど、多分彼は俺には想像もつかないような虚をこころに抱えていて、そうして今まで生きてきたのだと思う。
俺は、あの子の理解者になれるのだろうか。
あの子のこころを、掬ってやれるのだろうか、と。
取り残されたこの場所で、ひどくかなしい気分になった。
****
目の前のジャームが咆哮する。
今回の任務内容は、先日出現した獣の姿をしたジャームの処理だ。
そうしてそれが、最悪なことに市街地に現れ、こうして蹂躙している。
急な事の為、未だ民間人の避難は続いており、事態はかなり深刻だった。
人々に奴の意識が向かないよう、躍起になって弾丸を撃ち込む。
ジャームはずいぶんな巨体の為、拳銃の弾では大したダメージにならないのか、未だ健在だった。
クソッ、と思わず悪態を吐く。
そして、ふと視界の端に小さな影を認めた。
子供だった。
気絶しているのか、ぐったりと路上に横たわり動く気配がない。
まずい、と思った。
思うよりも先に、身体が動いていた。
はやくここから離さなければ。
前に出ていた透くんの横を通り抜け、一瞬だけ目が合った。
なにか言っている筈なのだけれど、聞こえない。
多分、戻れ、とか何してるんだ、とかそんな事なんだと思うけど。
それでも俺は、目の前のいのちを守る事が一番だと思った。
「……芦屋さん!」
俺の方に手を伸ばす透くんは、ひどく年相応の子供のようだった。
ああ、今日はそんな泣きそうな顔ばかりしかしてくれないね。
この任務が終わったら、なんてところで、意識がブラックアウトした。
*****
「……何周忌だっけ、三回忌とか?」
墓地のとある墓石の前で、15歳程の少年がぽつりと呟く。
彼の顔には怪我のためか、絆創膏やらガーゼやらが目立ち、シャツの中の身体にも包帯がぐるりと巻かれていた。
「ま、なんでもいいか………」
抱えていた花束を墓前に置いた。
「この前さ、お前みたいなガキがって、すげーボコボコにされてさ……珍しい人もいたもんだよね。わざわざこんな、死んでんのか生きてんのかよくわかんないのをボコしにくるなんて」
よっぽど暇だったんだろうね、と少年は自嘲する。
「未だに思うんだよ、あの時俺が間に合って、あんたを掴んで引き戻して、そして、そのまま……代わりに俺が死んでればって」
あんたが死ぬ事なんてなかったんだ、と表情が抜け落ちた顔で彼は言う。
「こんな事、にんげんみたいで思うのもいやだけれど……あんたが死んで、かなしいと思ってるんだよ、芦屋さん」
ざあざあと、木が風に揺れてざわめく音がする。
少年はそのままふらりと墓の前を後にした。
後に残ったのは彼の供えた花束のみだった。
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