アニマロッサ
人を守る為にUGNに入った、と云う男と知り合った事があった。
彼曰く、誰かを守る為ならば逃げずに戦えるのだという。
酷く、都合のいい話だと思った。
だって彼はその言葉を語った数時間後、俺の目の前で死んだのだから。
*
「と、言うわけで。本日付けで配属された明月透だ。歳だけならまあ…チルドレンの子らと変わらんが、実力については心配するな。そこは部隊長の俺が保証する。」
なんたって訓練付けたのは俺だからな、と快活に笑う養父を横目で見てから、俺は目の前に居る大人達を観察していた。
案の定予想していた通りで、怪訝な顔で俺を見る奴らが殆どだ。
前から補佐として任務に付いていた頃からこうなので、もはやこの手の視線は見慣れたものであった。
不愉快である事はあるが、気持ちは分からなくもない。
何故ならこの部隊はUGNでもとりわけ酷な任務をこなさなければいけない部隊だからだ。
その為この場に居るものは程度の差はあれどそれなりに個人で戦闘能力を有している者でなければ所属できない。
そうでなければならない程には、過酷で危険な任務に従事しなければいけないのだ。
そんな部隊によもや12歳の子供などと、と思うのは当然だろう。
たとえ部隊長から実力に不足はないと明言されど、結局所詮は子供であると決めつけられる。
いつもの事だ、だがこれからは違う。
これからは正式な部隊員で、エージェントだ。
役に立たないと思われているなら、そうでないと分からせればいい。
要は結果を出せばいいのだと、俺はざわざわと喧しい大人達を眺めて一人思う。
簡素に紹介を終え、ブリーフィングを始めようと俺の側から養父が離れた時に一人の若い男が此方に向かってきた。
「ええと、透くん、でいいかな」
懐っこい、人好きのする笑顔だと思った。
「なんでしょう」
あまり興味はないので素っ気なく返す。
「俺は芦屋正義(まさよし)、これから同じ部隊のエージェントになるのかな。よろしくね透くん」
「…なんの真似です?」
にこにことした顔で右手を差し出す芦屋に対して、俺は少し眉間にしわを寄せてどういうつもりだと問うた。
何を考えているんだ、こいつは。
それとも何も考えていないのか。
よもや養父たる至道弥彦の様に子供か大人かを気にしない人種な訳がない。
そんな思考を持てる男には見えない程、とにかく普通の青年だった。
強いて挙げるのであれば、やたらとお人好しそうなくらいである。
歳が他の大人達より三つ四つは下なのか、若い分より頑強そうに見えた。
「なんの真似、って…握手は駄目だったかな」
もしかして人見知り?と芦屋は小首を傾げて俺の様子を伺う。
「…いえ、そうじゃないんですけど」
他人とベタベタするのは嫌いなんです、とはっきりと拒絶してやる。
すると芦屋は困った様な顔で右手を引っ込めてしまった。
困った顔が優しい大型犬の様だと思うと、少し申し訳なくなり、自分が悪い事をした様な気になる。
「芦屋!…なに子供相手に油売ってんだ。早く来い」
俺と芦屋のやり取りを見ていたらしい他の大人から、芦屋に対して声がかかる。
芦屋の方はすみません、とそいつに言うと、「ごめんね、気をつけるよ。…じゃあ、ブリーフィング行こうか」と俺に声をかけて立ち上がった。
少々面食らいはしたものの、それについてはもっともだと思ったので、特になにを返すでもなく、俺も芦屋に付いていった。
**
芦屋正義はやはりただのお人好しであった。
俺を除くと、彼がこの部隊で最年少の二十歳らしく、愛想もいいのでしょっちゅう他の隊員達に構われていた。
それと同時に、何でもかんでもハイハイと安請け合いしてしまう為、よく雑用を山の様に抱えては奔走している様を見かける。
そしてあの時拒絶したにも関わらず、全く懲りていないのか、俺が一人で居ると決まって構いにくる。
「なんなんですか」
じろりと俺は芦屋を睨め付け牽制するも、芦屋の方はまるで気にしていないのか「いやあ、また一人で居るから〜」と勝手に横に陣取った。
面倒になってきたので、最近は一応睨みはするものの、横に落ち着かれてしまったら何もしない事にしている。
俺は芦屋をいないものとして扱って、またぼんやり外を眺める事にした。
芦屋はそんな俺をちら、と見た後にぽつりと問いをこぼした。
「…透くんは、どうしてUGNに入ったんだい」
「はい?」
「すごいなって思ったから、何がきっかけなのかなあって」
どうして、と訊かれたのは初めてだった。
そもそもそんな事を訊かれる事自体滅多な事ではあったのだが。
「…4年前に、至道さん…いえ、部隊長に保護されたんです」
「へえ」
「それで、……すごいなって、かっこいい、…俺もそうなれたらいいなって思った」
「だからUGNに?」
「………………まあ」
なんでこんな話をこの男にしているのだろう。
それでも芦屋は笑うでもなく、只々そうか、と黙って俺の話を聞いていた。
そうしてうん、と頷いて「わかるよ、かっこいいよねえ部隊長」とにこりとして言うのだ。
そうしてそのまま芦屋は自分の話をし始めたので、今度は俺の方が黙って聞く事にした。
数年前に事件に巻き込まれてオーヴァードになった事、その事件に至道弥彦がエージェントとして携わっていた事、人を、自分を護って戦うあの人をかっこいいと思った事。
「だから俺はUGNに入ったんだ、俺も誰かを守る為に戦うんだって。…だってどんなに恐ろしかろうと、誰かを、人を守る為なら、俺は逃げずに戦えるんだ」
そう語る芦屋の横顔は、ひどく精悍で、輝いていて、ああ、どこまでも屈託無くにんげんだと、眩しいと思った。
だからこそ、煩わしく、都合がいい話だと思った。
それでも俺は何も言わずに、どちらかというなら言えずに、だろうか。
俺は黙って芦屋の顔を見つめた後、「そう」と一言言って立ち去った。
その場に残された芦屋がどんな顔をしていたのかは、結局見ていない。
***
刀の柄を握り直す。
血で濡れた手に力を入れて刃を向けた。
目の前の化け物は、血の滴る男を引き摺ってこちらをじろりと睨め付けている。
引き摺られている男はもう、あの人好きのする笑顔を浮かべない。
それどころか、幾分か頭は欠けてしまい、瞳は濁り、四肢はだらりと垂れ下がり、ぴくりとも動かない。
芦屋正義は、惨たらしくジャームに殺された。
ジャームに襲われていた幼い子供を庇って、頭蓋を砕かれ、死んだのだ。
俺は芦屋の死体と、ジャームを見据える。
後ろには、芦屋の庇った子供が横たわっている。
元より無い選択肢ではあったが、逃げられないなと、そう思った。
化け物は俺を目掛けて真直ぐに駆ける。
刀を逆手に構え、俺も化け物へ向かって駆けていく。
化け物の顎が迫り、猩々緋が化け物の口に捻じ込まれる。
刃は化け物の口端から後頭部までを切り裂く。
勢いを殺しきれなかった屍体は、そのまま数メートル程俺の横を走り抜けて、ぐしゃりと崩折れた。
もう化け物は動かない。
ただの、肉塊と化した。
そのまま視線をスライドさせて、頭の欠けた屍体を視界に映し、そちらに歩み寄る。
屍体の顔は無表情で、まるでジャンクになったマネキンの様だ。
「……都合のいい話だと思ったよ、でも、俺も………そうならいいって」
思ったんだ。
芦屋の屍体を見下ろして、言葉を吞み下す。
踵を返してその場を後にした。
俺は相変わらず、マネキンみたいな無表情で部隊長の下へ帰る。
少しだけ気に掛かったのは、あの時どんな顔で俺を見ていたんだろう、という事だ。
それでも今更な話だと、そう思って考える事を止めた。
まるで人間みたいで、ひどく悪い気分だった。
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