クマさんを落としました。


―――――――――――――――――



《ラロック・アイス・スノウフィールドでログインしました!》



当たり前だが、昨日と同じ場所でログインする。


このインフォさんの前に、ラロックアイスシティでログインも出来るよと言われたがご丁寧に断った。


まあ少し気分が変わったのだ。



《これから一定時間、『スノウタイム』となります》


《モンスターの出現数とリポップ速度、ステータス、経験値が上昇します》



俺を虐めるかのように、インフォさんが続けて天から告げる。


あーあ。でもいいか。やってやるよ。


気分が変わったってのは、俺があのクマさんを倒したくなったのだ。


朝目覚めて仕事をしてゲームにログインをするまで、俺の中でクマさんが頭の中にいた。


何たって俺を殺したんだから。モンスターに殺されたのは昨日が初めてだったんだ。


だから、俺は仕返しする。大雪だって?関係ないさ。寧ろ潜伏しやすくていい。



「……」



えっさえっさ。


今俺が何をしているのかというと……地面に穴を掘っている。


敵が近付いて来たら俺の拠所である石に隠れ、いなくなったらまたひたすらに掘る。


今の俺は犬だ。もしくは雀。知ってる?雀も穴を掘るんだよ。可愛いよね。


……当然スコップなんてありゃしない。素手だ。手が悴むなんて事はない、ゲームだからな。


うーん、でも何か手が心なしか痛くなってきた。


お、でも掘り進めていく内に茶色い土が見えてきたぞ。


今の時点で穴の深さは30cm程度。まだまだ足りない。



―――――――――――――――


ここ掘れワンワン!ここ掘れワンワン!別に何かが地面に埋まってるわけないけどさ。


これはEFO。ひたすら穴を掘るゲームだ。



少し自分語りをしよう。


実はというか、俺は学校の雑草抜きが結構好きだった質で……一月に一回あるその日が結構好きだった。


無心で単純な作業をするってのは案外心が落ち着くもの、まあつまり一種の瞑想に近いのだろう。


周りは怠い怠いと言うが、俺はそんな奴らを尻目にえっさえっさと抜いていた、根っこから確実に。


だからこんな穴を掘るという単純作業の連続でも、俺は苦ではない。


そして雑草抜きは時間が決められているが、この穴掘りは時間が決められていない。


そう、俺はいつのまにか……



「やり過ぎた」



なんで誰も止めてくれないの!いや当たり前か……


石の周囲に、点々と深さ1m程度の穴が出来ている。


どうやってこんなにも掘ったかって?手とナイフ……そして途中、急に俺の中でインフォさんがこう告げた。


《採掘スキルを取得しました!》


まあ取得条件は分からんが、多分穴掘ったから解放されたんだろう。


これが手に入ったと同時に凄いスピードで穴掘りが進んだ。楽しい位に。


まるで、土がプリンみたいに掘れる。例えが悪いな。まあ掘れやすくなったんだ。



後はこの穴の中に、ナイフを埋めていく。見た目はかなり物騒だ。


何しろナイフの切っ先が地面からコンニチハしてる。


尻がヒュンヒュンするぞ。


穴は5つだったか。こんな感じで手持ちのナイフの半分をこの穴へ埋めて、後は自分で持っておく。


さて、やろう!


―――――――――――――――――


相変わらず恐ろしい見た目だ。俺現実でクマさん見た事ないし。凄い迫力。


タンクやる奴らは心臓が強くないとキツいなこれは。


「よ」


先手必勝、俺は背中を向けているクマさんの背中にナイフを投擲。hit!


同時に怒り狂ったように、唸り声をあげてこちらを向く。


うん、大丈夫だ。地面なんて全く見てやしない。


そう、そのまま近付いてこい……ん?雪玉を手で作り始めたぞアイツ。


目にも止まらぬスピードで雪玉を作り――それを俺に投げてきた。



「くっ、アイツ遠距離攻撃も出来るのかよ」



嘆きながら、俺は雪玉を避ける。


ボススライムと一緒だ、恐らくアイツも距離によって攻撃方法が異なる。


つまり俺は、アイツに近付かなければならない。



こうして葛藤している間にも、雪玉を投げてくるクマさん。


やめろ、もし付近のモンスターにでも当たったらどうする!


……このままでは埒が明かない所か、他のモンスターにも狙われてしまうな……もう覚悟を決めるしかない。



「らあ!」



俺はクマさんの雪玉を避けて近付き――ナイフで攻撃。


しかし、その攻撃は届かない。俺のナイフは、クマさんの目にも停まらぬはたき攻撃で飛ばされた。何故かダメージが俺にない事から、これは武器を失わせる攻撃なのだろう。


命の危機を感じた俺は疾走スキルを発動し下がる。俺のナイフは犠牲になったのだ……


クマさんは容赦がない。俺が初めて使ったプレイヤー製造武器が、あっけなく飛ばされた悲しみなど知らないように。


内心かなりウキウキだったんだ、何しろ今までの武器とは訳が違う。強化品に付加品だぜ?



それが、こんな最後ってあるかよ……いいや、このナイフの犠牲を無駄にはできない。切り替えろ俺。



「……かかって来い」



挑発の、ハンドサイン。


クマはそれに呼応するかのように、またそのゴツイ腕で殴ってくる。コワイ。


大丈夫だ、俺なら避けきれるだろ?



「――っ」


何とか最低限の動きで躱し、俺は少しずつ距離を取りながら穴の方へ誘い出す。


俺がこのまま自分の穴に落ちるなんて事はないように慎重に。


あともうちょいだ、ハマった姿が早く見たい。


もうちょい、もうちょい。


よしジャンプ!



「Guaaaaaaaaaaaaa!」



「うるせえ!」



穴に嵌った哀れなクマは、けたたましい唸り声を上げる。


まあでもしょうがないかもしれない。台所で尻餅着いたと思ったら、その先に包丁が立ってたようなもんだ。どんな状況だよ。


ああ想像だけで痛い痛い!ごめんよクマさん。


「スラッシュ!……スラッシュ!……スラッシュ!」


穴に嵌ったままのクマさんに、頭へと武技の追撃をかます。


ううむ、クールタイムさえなければもっとダメージを与えられたはずなのに。


ああ、もうカンカンだよアイツ。


ただ悲しいかな、モンスターは何処まで行ってもモンスターだ。


一度かかった罠が、また別の場所にあるとは考えられないらしい。



「Guaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」



ここに、悲しき熊の叫び声が木霊する。

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