🍶魔王さん

『魔王降臨!!』


 獺祭りのポスターの隣に、またしてもダイナミックな文字が踊った。



「魔王さんかー。なんか厳つそうだねえ。伊蔵さんは会ったことあるの? 魔王さん」


 越乃寒梅くんに問われて、森伊蔵さんは宇佐美と顔を見合わせた。


「まあ、同じ芋焼酎だからな。面識はある。越乃寒梅くんは初めてか?」


 口振りからそうなのだろうとは思ったが一応訊いてみる。


「うん、初めて。魔王さんってどんな人? 名前からしたら怖そうなんだけど」


 越乃寒梅くんは己の腕を抱いてぶるりと震えて見せた。確かに、魔王とか随分威力のある名前だ。

 森伊蔵さんはしかつめらしく頷く。


「今晩にはやって来るんだろう。首を洗って待っておくといい」


 森伊蔵さんの言葉に、宇佐美がくすりと笑みを溢した。



     👿



「ふ……ああぁぁぁっっ」


 越乃寒梅くんが間の抜けた感嘆を漏らす。

 まあ無理もない。

 普通、魔王とか言われたらゴツくて偏屈なおっさんを連想するものだ。少なくとも森伊蔵さんの魔王像はそうなのである。


「短い間ですがどうぞ宜しくお願いいたします」


 そう言って微笑んだのは線の細い色白の女性だ。華奢な指先を揃えて頭を下げると、腰まで伸びた黒髪がさらりと揺れる。


「伊蔵さま、宇佐美さま、お久し振りです」


 魔王さんは両隣の二人にも頭を下げた。そう。ちょっとした席替えがあったのである。


「ちょっと伊蔵さん! 何か、すっごく予想外の人が来たんだけど!!」


 越乃寒梅くんが興奮気味に森伊蔵さんの袖を引く。

 そりゃあ、チャラい越乃寒梅くんには堪らんだろう。魔王さんは大層美しい。そのネーミングからは想像がつき難いが、とても上品でクセの無い人だ。


「はーい! 魔王さん、今度デートしてください!!」


 越乃寒梅くんがしゅたっと右手を上げる。彼は安定的にチャラい。

 それを受けて魔王さんは嫋やかに微笑んだ。


「いいえ、結構です。一昨日おとといも来やがらないでください」


 魔王さんは、美しくて上品で。

 それから芯が強い。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る