たい焼きってどこから食べる?【お花見特別編】

 いかん。可愛すぎる。


 森伊蔵さんは向かいに座る月桂冠ちゃんを見て、血の垂れそうな鼻を押さえた。今日は楽しいお花見だ。森伊蔵さんの向かいで月桂冠ちゃんがこぽこぽとほうじ茶を注ぐ。


 その魔法瓶でかすぎるだろう。

 そして月桂冠ちゃん。可愛すぎる!


 今日も愛らしい月桂冠ちゃんに、森伊蔵さんの頬は緩みっぱなしだ。そんな森伊蔵さんに困ったように微笑みながら、月桂冠ちゃんがほうじ茶の入った紙コップを差し出した。受け取ろうとした森伊蔵さんの指先が月桂冠ちゃんのそれに僅かに触れる。


 ぬおおおおぉぉぉぅい!!


 仰け反らんばかりに焦る森伊蔵さん。対する月桂冠ちゃんは落ち着いたもので、紙コップをしっかり持って大惨事を免れた。二人の間には山盛りのたい焼きが置かれている。ほうじ茶など溢したらほかほかのたい焼きが台無しだ。


「はい」


 何事も無かったかのように可愛らしく小首を傾げて月桂冠ちゃんがほうじ茶を差し出す。森伊蔵さんは気を取り直してそれを受け取った。


かたじけない」


 もごもごと礼を言う。目を合わせる度胸は無い。森伊蔵さんは月桂冠ちゃんに絶賛片想い中なのである。

 大好きな月桂冠ちゃんが注いでくれたほうじ茶を一口啜る。すると体の奥から温かさが湧いてくる。春とはいえまだちょっと肌寒いこの時期。ほうじ茶とはナイスチョイスだ月桂冠ちゃん。


 あー落ち着く。それにしてもびっくりした。うっかり月桂冠ちゃんの手を触ってしまった。焦ったー。いかん。まだどきどきしている。……ん? はっ。しまった! 焦っている場合ではなかった! せっかく月桂冠ちゃんの手に触れたのに、びっくりしすぎて何も覚えてない! なんということだ。馬鹿馬鹿! 私の馬鹿!! もう一回……。は、無理か? 無理なのか!? いや、考えろ私。そうだ。おかわりとかどうだ? コップのやり取りをすればもう一度チャンスが……。おお! こうしてはおれぬ。さっさと飲んでおかわりせねば!


 ぐるぐると考えた森伊蔵さんは手の中のほうじ茶を一気に飲み干した。早く月桂冠ちゃんの手を握りたい(野望が大きくなっている)のだ。が、魔法瓶から注いだばかりのほうじ茶はたいそう熱い。


「!!!!!」


 声も出せない森伊蔵さんは悶絶する。そんな彼に、隣から呆れたような声が掛かった。越乃寒梅くんである。


「何やってるのさ、伊蔵さん」


 喉が焼けているのに背をさすられてもどうにもならないが、越乃寒梅くんの優しさは伝わってくる。越乃寒梅くんはいい奴だ。超絶チャラいけど。ロクデナシだけど。人でなしではない。

 そもそもお花見に来れたのだって越乃寒梅くんのお陰なのである。今や森伊蔵さんは越乃寒梅くんのことがそんなに嫌いではない。チャラいけど。


「あのね、伊蔵さん」


 越乃寒梅くんが苦笑する。


「心の声が駄々洩れだよ」


「え?」


「いかん。可愛すぎる。辺りから」

 

「ええぇっ!?」


「僕も月桂冠ちゃんと繋いでみたいな。手♡」


「いっ」


 いやああぁぁぁっっ!!


 あまりの失態に、森伊蔵さんは頭を抱えて突っ伏してしまったのだった。

 越乃寒梅くんにもあんまりな言い様なので謝った方がいいのだろうが、今の森伊蔵さんにはそんな余裕はない。越乃寒梅くんもちっとも気にしてないし。まあ、いいか。



   🌸🍶🍶🌸



 ところで、森伊蔵さんたちは普段はちょっと良い居酒屋のカウンターの中で棚にキレイに並べられている。そう。何を隠そうお酒なのである。そして実はお酒が飲めない。お酒は混ぜたら悪酔いする。混ぜるな危険! なのだ。だからほうじ茶でお花見とシャレ込んでいるのである。今日は滅多にないお出掛けで、森伊蔵さんたちはご機嫌だ。

 でも、森伊蔵さんは頭上でやわらかく揺れる桜には目も呉れず月桂冠ちゃんをガン見していた。


 本当を言うと、森伊蔵さんは月桂冠ちゃんの隣に座りたかった。お花見の面子は四人。森伊蔵さんと月桂冠ちゃん。それから、黄桜ちゃんと越乃寒梅くん。

 男女交互に座るのが順当だと森伊蔵さんは思う。だけど越乃寒梅くんが月桂冠ちゃんの隣がいいと言い張り、その上積もる話があるから隣に座れと森伊蔵さんを反対側に座らせちゃったのである。

 それでは月桂冠ちゃんの隣に座れぬではないか!!

 森伊蔵さんは憤った。だがしかし、越乃寒梅くんはこのお花見を企画した功労者だ。越乃寒梅くんがいたからこそ、森伊蔵さんは月桂冠ちゃんとお出掛け出来た。だから逆らってはいけない。逆らうなんてとんでもない。森伊蔵さんは不満をぐっと呑み込んで越乃寒梅くんの隣に陣取った。そしたら……!

 四人でくるりと輪になったから、月桂冠ちゃんが森伊蔵さんの正面に来ちゃったのだ。


 なんということでしょう。

 隣に座ったらチラチラ盗み見ることになったであろう月桂冠ちゃんが、見放題!!! お手柄! 越乃寒梅くん!!


 そんなこんなでお花見を満喫していた森伊蔵さん。あんまり楽しすぎてやらかしちゃいました。さてどうしよう。


 森伊蔵さんはそろりと顔を上げた。目の前の大皿にはたい焼きがてんこ盛りだ。甘ーい香りが辺りに漂っている。現実逃避したい森伊蔵さんはひとつを取ってぱくりと頭から食べた。


「あーっ!」


 それを見た越乃寒梅くんが叫ぶ。


「頭から食べるなんて残酷!」


「えっ!」


 それを聞いた月桂冠ちゃんが絶句する。見れば、たい焼きに頭から齧りついている。


「可愛い……」


 森伊蔵さんの呟きに黄桜ちゃんが吹き出した。


「あはははは。あたしは尻尾から派ー」


「だよね! 美味しいところは一番最後だよね!」


「うん」


「えっ!」


 月桂冠ちゃんが再び固まる。


「何を言うか。尻尾が一番美味い」


「ですよね!!」


 ぱあっと顔を輝かせて、月桂冠ちゃんは森伊蔵さんに新しいほうじ茶を注いでくれた。今度は森伊蔵さんは、手が触れないように慎重に受け取った。何だかんだで森伊蔵さんはおぼこい。しかもすぐに目を逸らすから、月桂冠ちゃんが嬉し気に頬を染めたのにも気づかなかった。


「そんなたいして餡こも入ってないようなとこ」


 越乃寒梅くんが鼻を鳴らす。


「だからいいん で す!」

「だからいいんだろうが!」


 月桂冠ちゃんと森伊蔵さんがキレイにハモり、黄桜ちゃんがぷっと吹き出す。


「仲良しだねぇ」


「「なっっ」」


「あはははは。真っ赤っか! おぼこいふたりは可愛いねえ」


「やめてよぉ」


 月桂冠ちゃんは真っ赤な顔で黄桜ちゃんをぽこぽこ叩く。それがなんとも……。


「可愛い……」


「やめてくださいぃ」


 森伊蔵さんの呟きに、月桂冠ちゃんはついに頬を押さえて俯いてしまった。


 もうほんとに。月桂冠ちゃんの可愛さは犯罪級だな。


「え。伊蔵さん、もしかしてわざと?」


「は?」


「普段寡黙な伊蔵さんがそうやって可愛い可愛い連呼すると破壊力あるよね」


「可愛いものは可愛いんだから仕方がない」


「まあそうだけど。それにしても、犯罪級ってねえ」


 くすくす笑う越乃寒梅くんはどう見ても恋敵には見えない。どうやら森伊蔵さんの好きと越乃寒梅くんの好きは違うのだ。そしてどうやら、今日の森伊蔵さんは思ったことを全部口に出してしまっているらしい。


 困ったものだ。花にでも酔ったかな。


 森伊蔵さんの口許に笑みが浮かぶ。


「風流!」


 越乃寒梅くんがお道化て言って、たい焼きの尾っぽをぱくりと齧る。


「ば……っ。お前、一番美味いところを」


「だから一番は頭だって」


 もぐもぐと食べきって越乃寒梅くんはほうじ茶を飲んだ。


「あー。お茶もたい焼きもどっちも美味しい! 月桂冠ちゃん、おかわりー」


 紙コップを差し出して、受け取った月桂冠ちゃんの手をきゅっと包む。


「!!」


 な、なんて羨ましいことを!!


「だから伊蔵さん。駄々洩れだからね?」


「森伊蔵さんも握っちゃいなー」


「もうっ! 黄桜ちゃん変なこと言わないでよぉ。……あ」


「ん?」


「ほうじ茶無くなっちゃった」


「ありゃー。て言うか、たい焼きももう四つしかないよ」


「えー残念。でも、飲み物ほしいねえ。何か買ってこようか」


 越乃寒梅くんが立ち上がる。それを森伊蔵さんが引き留めた。


「ある」


「え?」


「まあ座れ」


 そう言うと森伊蔵さんは傍らに置いていた籠からラップのかかった湯呑を取り出した。真っ白な陶器の中にぴんくと緑の絡まったしわくちゃな塊が入っている。森伊蔵さんはそれに熱い湯を注いで皆に配った。花の香りが立ち上ぼり、皆の手のなかで塊がゆっくりと開いてゆく。


「きれい!」


「ほんと。きれいです」


「風流だねえ」


 湯のなかで揺れる淡紅の花は、透けるように繊細だ。可愛らしくて美しい。まるで月桂冠ちゃんのようだと森伊蔵さんは思う。


「恥ずかしいです……」


「伊蔵さん、洩れすぎだよ」


「あははははー」


 ひらひらと舞う花びらが陽の光に煌めいている。まだ少し肌寒い風は陽と花の匂いがする。皆がたい焼きに手を伸ばし、思い思いに噛りつく。月桂冠ちゃんは頭からだ。森伊蔵さんとおんなじ。桜の塩漬けに注いだ湯は、ちょっとしょっぱくて甘いたい焼きによく合った。


「楽しいね!」


 お気楽な越乃寒梅くんが笑う。


「うん!」

「そうですね」

「そうだな」


 結局、月桂冠ちゃんの手は握れなかったけれど。何だか月桂冠ちゃんとの距離がちょっぴり縮まったような気がするし。お花見は大成功だと森伊蔵さんは思う。






   🌸


 これは余計なお話だけど。


 帰ってみたら、置いていかれた宇佐美がちょっぴりご機嫌ななめだった。


「はあ、たい焼き? そんなもの、腹から食べるに決まっているでしょう」


 読みかけの文庫本からちらりと顔を上げて森伊蔵さんを見る目が、なんだかいつにも増して冷たい。しかも腹からとか、森伊蔵さんにしてみれば衝撃的な答えが返ってきた。


「何ですか、変な顔して。まさか伊蔵さん、背中から食べる派ですか?」


 頭ですー。とは、なんだか言い出し難くて。森伊蔵さんは、来年はご一緒しましょうと宇佐美に微笑んでいつもの席に座ったのだった。

 見下ろせば、平場には月桂冠ちゃんがちょこんと座っている。もちろん今日もすごく可愛い。

 だから、森伊蔵さんは今日も幸せいっぱいだ。

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