🌸お花見
森伊蔵さんはいつもの席から皆を眺めた。久し振りに落ち着いた店内で、ちょっと欠伸なんかを噛み殺しながら。それぞれが思い思いに過ごしている。
「ねえねえ月桂冠ちゃん。デートしようよう」
越乃寒梅くんは今日もチャラい。
「水仙がきれいだよ。お花見に行こう」
「うん。今度ね」
月桂冠ちゃんはおぼこいけれど、あんまり頻繁に絡まれるものだから越乃寒梅くんの扱いを覚えてしまった。にっこり笑って頷いて、黄桜ちゃんに向き直る。
「今度かあ。じゃあ、菜の花かな」
「そうねー」
今日の月桂冠ちゃんは黄桜ちゃんと二人で手芸に夢中になっている。ざっくざっくと羊毛を突き刺して
「よっし。じゃあ、伊蔵さんも一緒に行こう!」
越乃寒梅くんに声を掛けられて森伊蔵さんはそちらに目を向けた。
「何処に?」
越乃寒梅くんには悪いが、森伊蔵さんは月桂冠ちゃんの染まった頬に夢中でチャラ男の話など聞いていない。
「お花見だよ。菜の花が咲いたら見に行こうって。僕としては水仙がよかったんだけどねえ」
越乃寒梅くんの言葉に月桂冠ちゃんが苦笑いしている。森伊蔵さんは鼻を鳴らした。
「何を言っているんだ貴様は。花見と言えば桜だろう」
「だって。お花見は当分お預けだねっ」
出来上がっただっちゃんの手を可愛く振りながら黄桜ちゃんがにゃははと笑う。
「むう」
越乃寒梅くんはちょっぴり悔しそうに呻ったけれど。
「ま。いいか」
にっこり笑って月桂冠ちゃんに振り返った。
「じゃあ、お花見は桜ね。伊蔵さんも絡んでるから、いつもみたいにそうだっけ、とか言うのはナシだよ?」
月桂冠ちゃんの眉尻が下がる。適当な人の適当な誘いは適当に流せるが、森伊蔵さんには適当なところがひとつも無い。
「伊蔵さん行くよね? お花見」
「お? おう」
いつもチャラい越乃寒梅くんに珍しく真剣に念を押されて、森伊蔵さんは思わず頷いた。
「じゃっ。みんな、約束だよ!」
ウインクをして越乃寒梅くんは去ってゆく。
お花見……。
何がどうなっているのかは分からないが、森伊蔵さんは何だかちょっぴりウキウキしているのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます