🍸季の美さんは侮れない

 のんびりとしたお正月が明けて、お酒たちにも日常が戻ってきた。

 お正月の間に獺祭だっちゃんは山口に帰ってゆき、宇佐美は少し肩を落としている。これまでであれば見落としたであろうその機微に森伊蔵さんは気づいてしまった。ぽんぽんと肩を叩くと、怪訝な顔で見返される。それに曖昧に微笑んで、下を見る。


 季の美さん。


 帰ればよかったのに。と思いかけて、森伊蔵さんはぶんぶんと首を振った。

 何を考えているんだ、自分。黒い。黒すぎる。そんなことでは清らかな月桂冠ちゃんの隣に立つ資格などなくなってしまうぞ!

 わたわたと今年も安定の挙動不審っぷりを曝していると、季の美さんがこちらを見上げてにっこりと笑った。


「伊蔵さん」


「何でしょう?」


 内心びくうっとなりながら、森伊蔵さんは冷静に言葉を返す。びっくりした。うっかり口に出しちゃったかと思った。


「私もそろそろ帰ろうと思うんですよ」


「えっ♡」


 森伊蔵さんはとっても素直なんである。うっかり満面の笑みを向けてしまう。季の美さんはそれを見てくすりと笑った。


「父ももういい歳ですから、いつまでも留守にするのも心配なので」


 それに、と。季の美さんは続ける。


「月桂冠ちゃんに悪い虫が付きそうだと風の噂に聞いて来たのですが……」


 森伊蔵さんの目をしかと見つめて、季の美さんはにこりと笑う。


「何か、大丈夫そうなので」


 な……何だとう。


 ぐぐうっと森伊蔵さんは拳を握った。

 私など歯牙にもかけてらっしゃらない? くそう。否定出来ないところが辛い。季の美さんめ。


「好さそうな方で安心しました」


 にっこりと季の美さんは笑う。

 え? あれ?

 森伊蔵さんは気勢をがれてちょっと焦る。


「月桂冠ちゃんはあの通りですから、許嫁と言っても名ばかりで」


 苦笑する季の美さん。これはもしかして、本当にお兄ちゃんポジション? 親が決めただけ、的な? 森伊蔵さんはちょっぴり心が軽くなるのを感じた。


「伊蔵さん、月桂冠ちゃんをよろしくお願いしますね」


 もちろんですお義兄さん! 

 森伊蔵さんは満面の笑みで手を差し出した。


「まあ私も、月桂冠ちゃんを渡すつもりはありませんけどね」


 にっこりと笑って森伊蔵さんの手を握り返す季の美おにいさん。ちょっと力が入りすぎていないかな。あはは。森伊蔵さんの笑顔が少うし引きつった。


「くれぐれもよろしくお願いしますね?」


 森伊蔵さんの背筋をピシッと伸ばす笑顔を残して、季の美さんは京都に帰っていったのである。

 

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