👑お手柄! 越乃寒梅くん

 いやぁぁっっ。待ってえぇぇっ。


 伸ばされた森伊蔵さんの手は虚しく空を切る。過ぎし日の恥ずかしい思い出が森伊蔵さんの頭をよぎる。あんな思いは二度としたくない。


「ねえねえ、月桂冠ちゃんはー」


 越乃寒梅くんが月桂冠ちゃんに話し掛けている。

 あのバカ、何を言うつもりだ。

 森伊蔵さんは気が気ではない。


「月桂冠ちゃんはー、」


 うぉう。何で引っ張る? やめてー。生殺しにしないでぇ。いっそ、一思いにズバッとやっちゃってえぇ。


 可哀想に。森伊蔵さんはちょっと混乱している。だけど読みたい空気しか読まない越乃寒梅くんにそんなもの伝わる訳がない。


「季の美さんとケッコンしちゃうの?」


 ズバッと!

 越乃寒梅くん、ズバッとやっちゃった!


 森伊蔵さんの心臓が一瞬止まり、その後ばくばくと跳ね回り始める。

 聞きたくない。でも気になる。だけどとどめを刺されたくない。

 耳を塞ぐべきなのか、それとも澄ませるべきなのか。森伊蔵さんはわたわたと変な踊りを踊っている。それを見て隣の宇佐美が眉を顰める。


「え? 何で?」


 月桂冠ちゃんの可愛い声がきょとんと零れ落ちた。森伊蔵さんの怪しげな踊りがぴたりと止まる。


「何でって。許嫁なんでしょ?」


「あー」


 越乃寒梅くんに言われて、月桂冠ちゃんは困ったように眉尻を下げた。


「そうなんだけど、まだ考えたことなくって。季の美はお兄ちゃんみたいな感じかなあ」


 ふにゃりと笑った月桂冠ちゃんを、季の美さんが優し気な瞳で見つめている。

 その一段上で森伊蔵さんはへなへなと崩れ落ちた。


 よ……よかったあぁぁ。


 首の皮一枚繋がった!


 越乃寒梅くん。なんていいヤツなんだ。


 森伊蔵さんのなかで、越乃寒梅くんの株がほんのちょっぴり上がったのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る