🍶宇佐美どのはきちんとしている

 宇佐美はきちんとしている。

 いつもすっと背を伸ばして座っているし、折り目正しい話し方をするし、物を出しっ放しにしたりはしない。宇佐美のなかには明確なルールがあってそれに則って行動している。から。

 そのルールに外れていることにはすぐに気がつく。


 獺祭(だっちゃん)に夢中になって本を出しっ放しにしたあの日。席に戻ると置いていた文庫本が三ミリずれていた。しかも、表紙が少し浮いている。


 見られた!!!!


 恐る恐る隣の席に目を向けてみるが、当の森伊蔵さん(犯人)は宇佐美になど目も呉れずに、だっちゃんを抱く月桂冠ちゃんを眺めて鼻の下を伸ばしている。


 気の所為かな……。


 希望的観測が宇佐美の心に芽生えかけたが、そんな筈はない。せっかくだっちゃん(作者さま)がくださった本に、この私が折り目(森伊蔵さんの名誉のために言っておくが、ほんの少し表紙が浮いているだけである。決して折れたりはしていない)など付ける訳がない。細心の注意を払って読んでいたのである。そもそも置いた場所から三ミリずれていた。



 宇佐美は不安に駆られた。リアルバレは辛い。別に恥ずかしいことをしている訳ではないのにすごく後ろめたい。

 ドキドキしながら数日を過ごした。けれども森伊蔵さんは何も言ってこない。


 気の所為。


 希望的観測が宇佐美の心を占める。そうこうする内にだっちゃんも帰ってゆき、いつしか忘れていた。

 でもまた俄に不安が込み上げてくる。


 宇佐美はすっと背筋を伸ばしたまま、正面の壁を見つめた。豪快な筆致で書かれた文字だけの武骨なポスター。



『獺(かわうそ)祭り、今年も開催!!』



 大好きな獺祭(だっちゃん)がやってくる。

 宇佐美はごくりと唾を飲み込んだ。

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