🍶席替え

 森伊蔵さんは落ち着かない。

 さっきから、ドキドキしっぱなしなんである。

 どうしてかって言うと。

 席替えがあったのだ。


 森伊蔵さんの隣は相変わらず宇佐美である。行儀好く正座をして、いつもと変わらず文庫本を捲っている。背筋をすっと伸ばした姿勢は美しく、活字を追う瞳が伏せた睫毛に隠されて、何だかちょっと色っぽい。


 しかし森伊蔵さんを緊張させているのは宇佐美ではない。宇佐美が色っぽかろうがどうしようが、森伊蔵さんはあんまり興味がない。

 問題は、下。森伊蔵さんの下の席。

 季の美さんが、宇佐美張りに美しい姿で座っている。それだけで十分どきどきするのに。


 森伊蔵さんはちらっと下を見た。季の美さんよりもっと下。平場には月桂冠ちゃんがいる。もちろん、今日もすごく可愛い。


 その月桂冠ちゃんがちらっと上を見た。

 森伊蔵さんの鼓動が跳ねる。頬に赤みが差し、脈が上がる。


 月桂冠ちゃんの小さな手が控えめに振られる。

 森伊蔵さんの心臓が止まる。白いもみじみたいな手に視線が釘付けになる。


 でも。


 下の席の季の美さんが手を振り返す。

 すっと伸びた細い指を揃えて。優雅に。

 すると月桂冠ちゃんの面に笑みが満ちる。


 !!!!!


 何で? 何でそんなに幸せそうなの? 許嫁だから? ラブラブなの!?



 日に何回も。

 月桂冠ちゃんはこちらを見上げる。

 季の美さんに微笑みかける。


 森伊蔵さんの心臓は、跳ねて。止まって。どくどくと打つ。


 何だかすごくしんどいのに。

 どうしても月桂冠ちゃんから目が離せないのである。

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