その四十八 死の天使

 「ぼ、僕、なんのことだか、さっぱり……。破壊者とか暗殺者とか、なんのこと? 攻撃ってなに? 隕石の爆発事故じゃないの?」


 オシリスは厳しい眼光で僕の顔をじっと見ていた。


 「なるほど。擬態の術式か。あの長老の考えそうな手だ。ならば、委細承知、何も問うまい。用件はこれまで」


 オシリスは踵を返そうとした。


 「待って、オシリス! 僕について何を知ってるの? 僕に会ったことがあるの? 僕って、何者? 人殺しなの?」


 「人殺し? まさか、数多あまたの殺人鬼を怖れさせたあなたの声で、あなたの口からそんな言葉を聞くとは」


 オシリスは微かな笑みのような得体の知れない表情を浮かべた。


 「マスター、あなたは、人殺しなどではない。生命リズムの狩り人。旋律を奪う死の天使。最強の危険生物である人間を狩るために遣わされた御使だ」


 オシリスはそのまま深々と頭を下げた。その仰々しい態度を見て僕は血の気が引く思いだった。


 「誤解の無いよう、一つだけ言っておこう。あの隕石は事故ではない。あなたを狙う明確な意思を持った攻撃だ。異質なる物にとって、隕石の軌道を変えることぐらい容易たやすいこと」


 僕ってやっぱり相当やばいやつらしい。そして、もっとやばいやつがいる。異質なる物。アンヌがそう呼んだのは、歌姫セイナだ。まさか、彼女が黒幕? とてもそんなふうには見えない。別の誰かを指す言葉だろうか。ルゥちゃんが言ったことがある。その事故には不審な点が多いと。一つの村が全滅しているのに、犠牲者に関する公式の記録がほとんど残っていないらしい。まるで意図的な情報操作があったように。


 相変わらず分からないことばかり。誰かが僕の命を狙って隕石の軌道を変え、村を一つ破壊しただなんて話、信じられるはずないけど……。現に僕がこんな訳の分からない姿で異世界に転生しているのがその結果なのだろうか。しかも、僕、キョウ=エスターシャは、沙羅に重傷を負わせただけじゃなく、この手で数多くの人命を奪っているらしい。オシリスは、その時の僕に会ったことがあるのだろう。


 沙羅がどんな交換条件の見返りとしてオシリスに僕との密会を許したのか、なんとなく分かる気がする。きっと、伯爵とカウルがらみの事だ。それを沙羅に問い質したいと思っていたが、今はもう、そんな気分もなくなってしまった。


 カウルに会いたい。カウルなら、僕のこの不安、何に頼ったらいいのか分からない落ち着きの無い混沌とした居心地の悪さから連れだしてくれる。何故かそんな気がした。友達から始めようと言ってくれたカウル。僕、カウルが望むなら、彼が求める何か別の存在になってもいい。


 そうだ、僕、女になろう。


 僕が男になると世界を滅ぼしかねないと、歌姫は言った。グリフォンに助けられた僕を治療している時だ。冗談や誇張に過ぎないと思っていたけど、本当にそんな危険があるのかもしれない。もしそうなら、沙羅を傷付けるだけじゃ済まない。


 自分が何者かも分からない。何をしてきたかも分からない。エルフだとか半妖だとか死の天使だとか、そんな得体の知れないものであるくらいなら、変われるとしたら、誰かから求められるものになりたい。もう二度と沙羅を傷つけたくない。


 「オシリス、僕をカウルに会わせて。あなたなら出来るよね?」


 大男は、その高い目線から僕の顔を凝視した。言葉を選んでいるようにも、彼が初めて見せる戸惑いの表情にも思えた。しかし、それは束の間のこと。オシリスは、再び深々と頭を下げた。


 「御意に」






 「運動の秩序だよ」


 沙羅がそう言った。彼女は高校の制服、冬服を着ていた。


 「全ての事象にはリズムがあるの。呼吸にも、鼓動にも、月の満ち欠けにも、一日にも、あんたの声にも。振動し、巡り、回転することで、自分ではない何かに遷移して行く」


 思い出した。沙羅は、学校でもそんな事を言い出す変わった女の子だった。僕の守護精霊だと言ったこともある。周りは、そんな彼女を電波系だとか中二病だとか言ったものだ。僕もそう思っていた。思い出して、それが夢だと意識した。何故なら、僕は、この世界の少女の姿だったから。

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