その四十六 婿養子

 「ふーん。貴族って、美味しいものを食べて、好き勝手出来ていいなって思ったけど、案外、不自由なものなんだね」とシャルマ。


 「既得権益を守るための社会の仕組みを前提とした生活だからな。多少の不自由は我慢するさ。中には、耐えきれずに放浪生活を送る者もいるが、いずれ分かる時が来る」


 伯爵は、カウルを見ながらそう言った。


 「シャルマ、お前のようにずけずけ思った通りものを言う女も珍しい。肩肘張る必要の無いこんな会話も良いものだな。面白い」


 「気が合うってこと? あたいと伯爵」


 「いや、それはないな。水と油のように決して混じり合うことがないから面白いのだ」


 声に出して笑う伯爵。


 「なーんだ。せっかく、ハニートラップを仕掛けられると思ったのに……。痛っ! ひどいや、沙羅、おもいっきりつねるなんて」




 「依頼主からの伝言です。梓さんから届いています」


 ディナーの間、ずっとイフと手を繋いで部屋の隅で並んでいたルゥちゃんが、そう言った。僕たちは寝室に戻っていた。状況は逐次依頼主のジュリアに報告するすることになっている。隠密行動のため彼女の使い魔は使えないので、梓のネットワークを通じてやり取りしている。


 「あのガキ、何の用? 伯爵との接触には成功したと報告済みだけど」と沙羅。


 「変更要求です。伯爵に求婚を辞退させ、代わりに、カウルをロマノフェレン家への婿養子に出すよう仕向けるようにと」


 「はあ? 何それ!」


 沙羅と僕がそう声を合わせた。


 「追加要求だったら、報酬アップしてもらわないと無理!」


 すぐにそう付け足した沙羅。お、お金の問題ですか? ブレませんね。


 「マスター、報酬は百パーセントアップを提示されました」


 「受けた! 作戦変更よ」


 「ちょっと待って、サラ。そんなの、カウルが可哀そうだよ。相手は、あの子爵令嬢だよ」


 「どう可哀そうなのよ。キョウ。また私情を挟む気? あの坊やに連れ去られたりして、まさか、本当に惚れたとか言い出すんじゃないでしょうね。もちろん、そんなこと許さないから」


 「でも……」


 「あばらが三本」


 言いよどむ僕の耳元で沙羅がそうささやいた。


 「ど、どうして、今、それを?」


 「さあね。ただ言ってみたくなっただけ。わたしがあなたの保護者だってこと忘れられたら困るから。時々痛むのよね、あの時の傷跡。見てみる?」


 僕はうつむいたまま首を横に振った。


 「マスター? 傷跡は完全に修復したはずですが、痕が残ってますか?」


 不思議そうな顔で、目をぱちくりさせているルゥちゃん。

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