その四十五 公開求婚のしきたり

 大きなダイニングルームでは、伯爵とカウルが出迎えた。オシリスも側に付いている。


 「先程の事は水に流すとしようではないか」


 伯爵がそう口火を切り、コース料理が運ばれてきたが、もとより、この面子で共通の話題などあるはずもない。僕は、ナイフとフォークが上手く使えないレイのために料理を切り分けてやるのに専念していた。それをフォークで突き刺して食べて、レイだけ満足そうな笑顔。


 カウルも無言でうつむいたまま、目も合わそうとしない。明らかに気まずい雰囲気の中、沙羅がシャルマを肘で突いた。


 「ほら、シャルマ、あなた聞きたい事があったでしょ」


 「あ、うん……、えっと、ところで、伯爵の結婚式っていつ?」


 と、ずいぶん藪から棒の質問をするシャルマ。沙羅からの事前の打ち合わせで無茶振りをされたままだ。案の定、伯爵は眉間に皺を寄せた。


 「何の話だ? と言うより、カウル、お前、そんな身内話までしてるのか?」


 「え? そうだったかな……、そうかも」


 可哀想にカウルが悪者にされている。カウルから聞いた話じゃないのに。


 「お前のことだから、どうせまた、不自由な政略結婚だとか、散々悪態をついたのだろう。まあ、半ば公にしているし、こんな席で隠し立てしたり、建前を並べる必要もあるまい。その通り、婚姻は政治の重要な道具だ。相手側のロマノフェレン領からの返事待ちだから、時期は未定だ」


 政治の道具だって、言い切っちゃったよ伯爵。案外、気さくな一面もあるかも。


 「伯爵からプロポーズしたって、本当? 相手のお姫様に会ったことあるの?」


 なぜか積極的に食い付くシャルマ。こういう話好きなのだろか。乙女だもんね。半面、影で手を引いているくせに沙羅は、全く興味無さそうな顔で聞き流す表情を装っている。こんな会話でも無いよりずいぶんましなので、僕は内心ホッとして耳を傾けていた。


 「ダンスパーティーで一度だけ会って、お相手を申し込んだことがある。年少の割に臆せず承諾してくれたから、後日、求婚の使者を送ったのだ」


 「すごーい。そんな理由でプロポーズしちゃうんだね貴族って。年の差だってかなりあるのに」


 まあ、あの子爵令嬢が臆するはずないけどね。本人の目の前でそんなことまで言っちゃうシャルマも十分すごいよ。


 「陛下の御前だったからな。当然のことだ。それに、相手も庶民ではないから、年の差は気にしない。家と家の結びつきが最優先だ」


 「でも、はっきり返事が来ないって可能性もあるよね。考えさせて欲しいとか」


 「それはないな。正式な使者だ。承諾、あるいは、拒否、必ず態度を明確にする必要がある。もし拒否すれば、相手領は多大な政治的代償を求められる」


 「相手のお姫様には選択権は無いってこと?」


 「そういうことになるな。ただし、別口で正式な求婚があれば、話は別だ。どちらの申し込みを受け入れるかの選択は求婚を受けた側に委ねられる。それが公開求婚のしきたりだ」


 なるほど、それで子爵令嬢は高額の報酬で時間稼ぎを依頼したわけだ。その間により良い選択肢が生じる可能性もある。しかも、一生の問題だ。それにしても、あの令嬢がどんなしおらしいお姫様を演じてこの伯爵のダンスの誘いを受けたのやら。黒執事の喉首がレイに掻き切られそうになった時も眉一つ動かさなかった彼女の冷徹な顔を僕は思い起こして、伯爵が少し気の毒にさえ思えた。

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