その三十三 惚れた?

 「エディバラ殿下、このお方は?」


 赤いローブの男が近づいてきて怪訝そうにたずねた。


 「キョウ=エスターシャ嬢。兄上の客人だ。馬車に乗っているお三方共に楽師の一行だよ」


 と、素っ気なく言うカウル。


 「ご来訪の予定も目的も伯爵より伺っておりませんが」


 「決めたのは私だ。文句あるかい? オシリス」


 オシリスと呼ばれた男は、馬車の中で顔を並べている沙羅、ルゥちゃん、シャルマを順繰りに見回している。沙羅は無愛想、ルゥは無表情、シャルマは思いっきり笑顔でポーズまで決めてる。僕の顔に再度視線を留めたオシリスが眉間に皺を寄せたまま、眉毛だけを微かに動かした。何故かそこにほんの少しだけ奇妙な間を感じた。


 「得体の知れない者共を招いて伯爵の叱責を受けるのは私めですからな。少しでも不審な動きを見せたら、拘束だけでは済まされぬと思うがよい」


 オシリスは、表情を崩さないまま、僕たちに向かってそう言った。


 「待って! 僕たちまだ行くって決めたわけじゃないし。うん、そう。決めた。僕、招待には応じられない! ごめんね、カウル」


 




 「伯爵の居城に潜入出来るせっかくのチャンスだったのに、あなたって子は……」

 城下町の宿屋の一室に落ち着くと、沙羅はそう言って頭を抱えている。


 「だって、あのままホイホイついて行くのは嫌だったんだ。なんか癪って言うか」と僕。あの後、カウルは再三、城に滞在することを勧めたが、それを強引に断ってしまったのだ。


 「妙なところで意地を張っちゃて。まさか、惚れたとか?」と沙羅。


 「へ?」


 「なになに? キョウが? 誰に? あの、オシリスっていう怖そうな人?」


 普通にあり得ないから。勘違いのレベルもそこまで行くと悪意を感じるよ、シャルマ。


 「ほら、あの伯爵の弟君。可愛い男の子。旅行の間、親しげだったし、キャビンの中ではずっとキョウと向かい合った席だったでしょ」


 シャルマのオシリス発言はあっさりスルーの沙羅。


 「い、いや、あり得ないから……。そんなこと、僕……」


 「うん、確かに。休憩時間も、二人だけで話し込んでいたよ」と、急に訳知り顔のシャルマ。


 「キョウ。あなた、まさか図星? 冗談で言っただけなのに、顔真っ赤よ」


 「だから、違うってば!」


 「じゃあ、どうしてあんなに意地張ったの? 好意で招待してくれただけでしょ。むげに断って、失礼だと思わなかった?」


 と沙羅。僕、そんなことを、あなたに指摘されたくありません。失礼の意味分かって言ってる?


 「なんか、さ。子爵令嬢もカウルも、お忍びでとか言って、無理に庶民に合わせてやってる的な感じが嫌と言うか……。それを黙ってたんだよ。三日間、ずっと」


 「そうかな、そういうふうには感じなかったけどな。わたし、あなたみたいに親しく話してないし。黙っていたのは気を使ってくれただけじゃないの。それに、あなた、伯爵の弟をファーストネームで呼んでるわよね。やっぱり、怪しいわ」

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