その三十二 ファンサービス?

 「人気のネットアイドル本人が地方巡業のためランドワール領に降臨するという噂がネットで拡散されていたんです。イフに頼んで情報ソースを調べてもらったら、旅程表までリークされていて、急いで、同じ駅馬車に乗り込んだというわけ。俺も、サルサーンに滞在中だったから丁度良かった」


 と、屈託の無い笑顔のままのカウル。騙したんだね。口には出せないが、僕はそう思った。驚いたと言えば確かに驚いた。気品がある少年だと思っていたけど、それが伯爵の弟、つまり貴族のお忍び旅行だったなんて。


 ここには厳然とした階級社会がある。生まれ持った身分の違いが人の在り方を決める世界だ。カウルの言葉は、それを感じさせないよう繕っているが、正体を知ってしまった後では、道楽で庶民のふりをするのを隠していたとしか受け取れない。


 本当に、友達になれそうだと思ってたのに。


 ま、騙すのが目的で乗り込んで来た僕に言える筋合いは無いけどね。



 先に馬車を降りたカウルは、近づく屈強な体格の衛兵を軽く左手で制し、僕に右手を差し出している。最初意味が分からなかったけど、その手につかまれということだと僕は察した。映画でしか見たことの無い社交界の男性が女性をエスコートする仕草だ。


 なんだか癪だ。友達にすらなれない人間だということを匂わせる生まれ持った気品と自然過ぎる態度。男女の違いを決めつけるカウルと彼を取り囲む衛兵の威圧感を目の前に、僕はためらっていた。カウルに従うしかないことくらい分かってるけど……


 「キョウ、いつもの営業スマイル。笑顔よ。え・が・お」


 馬車のステップで固まってしまった僕に、背後から沙羅が言った。


 「梓さんからチャットが届いています。ファンサービスを忘れないようにと」


 と、同じく馬車の中から指示するルゥちゃん。


 衛兵が盾になって駅馬車を取り囲んでいる外側には、大勢の野次馬が集まっていた。


 ファンって、この群れ集まった男たちのこと? この状況で僕何を求められているの?


 僕は引きつった笑顔を浮かべ、カウルの手に左手を乗せた。そして、右手を上げて振って見せた。野次馬の中から大きなどよめきと歓声が上がる。こうなったら、ネットアイドルとやらになりきるしかない。もう、どうにでもなれだ。


 「いい感じで恥じらって、挙動もいつも通り不自然です」と抑揚の無い声で言うルゥ。


 「か、可愛い! キョドってて」とシャルマ。


 「キョウ、その調子よ。やっぱり、変に媚びるより、おどおどしていた方が良いわ」と沙羅。馬車の中から顔だけ出して、好き勝手言ってる。


 三人とも他人事だと思ってるよね。自分では結構堂々と振舞っているつもりなのに、そんなに不自然に見えるのかな。

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