その三十一 ランドワール伯爵領
「特別な関係のようにも見えるし、保護者と被保護者のようにも見えて、不思議なんです」
「べ、別に、特別とかそんなんじゃなくて、僕たち……」
「その慌てぶりからすると、告白する前の特別な関係ですね。自分の感情は口に出して言える時に言っておいたほうがいいですよ。ことわざがあるでしょう。愛は後悔する前に語れって」
ずいぶん立ち入ったアドバイスだけど、本当に、そんなんじゃないから、僕たち。
正直なところ、あの世界ではそんな想いもあった……、たぶん、お互いに意識し合っていたと思う。そして、僕の沙羅への想いは、今でも記憶のまま。それは、今の生活とは相容れない想いなのだ。
僕にも、この世界の自分の事が少しずつ分かってきた。記憶だけが別世界の如月キョウのもので、体はこの世界のキョウ=エスターシャのもの。男でも女でもないが、外見はほぼ女の子。そして、たぶん、心も……。
如月キョウは、年頃の男の子並に優柔不断で引っ込み思案なところもあったが、周りに流され易く、こんなにマイペースではなかった。同調して上手く立ち回る方で、こんなにドジっ子ではなかった。こんなに優しい性格でもなく、見て見ぬ振りが得意で、如月キョウなら、身を盾にしてレイを守ることもなかっただろう。
記憶が失われているけど、キョウ=エスターシャにも、カウルのような想いを寄せる男の子がいたかもしれない。ふと、そんなことを思ってしまった。
「互いに同性が好きな者同士、いいお友達になれそうですね」
屈託の無い笑顔でそう言うカウルに、僕は素直にうなずくことは出来なかった。その笑顔は、逆光のせいで眩しく見え、いつも愛想笑いでごまかす自分が恥ずかしく思えた。
駅馬車はランドワール領に着いた。伯爵の居城を囲む城下町はそれなりの賑わいと活気にあふれていた。
途中、心配していた盗賊団の襲撃も無く、安心したのもつかの間、終着駅で、馬車はものものしい完全武装の衛兵に取り囲まれた。
「どうしたのいったい? わたしたちまだ騒ぎを起こしてないわよ」
いち早く異変に気付いた沙羅は馬車の中で身構えている。やっぱり、騒ぎを起こすつもりだったんですか?
馬車の馭者はうろたえて辺りを見回している。馬たちも落ち着かない様子で足掻き始めた。
僕の前の座席に向かい合って座っていたカウルが不平そうな顔で舌打ちと共に立ち上がった。
「どうも様子がおかしいと思ってたんだ。オシリス! 街道に防御結界を張ったのは君だね。せっかくハプニングを期待していたっていうのに、ぶち壊しだよ」
「ご酔狂と悪戯が過ぎますぞ。エディバラ殿下。お忍びで駅馬車などに乗った事が伯爵に知れましたら、叱責を受けるのは守役の私めです」
赤に金字の刺繍のローブに身を包んだ背の高い男が衛兵の前に出て来てそう言った。
「やれやれ、空気が読めないのは宮廷魔術士の悪い癖らしい」
カウルは、そう言って、唖然としている僕に振り返った。
「フルネームの紹介が遅れたことをお詫びします。私の名は、カウル=エディバラ=ランドワール。そして、当領主の伯爵は私の兄です」
「……」
「やはり、驚かせてしまいましたか。まずは、ランドワールにようこそ。キョウ=エスターシャ嬢」
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