その三十 男の子
馬車に揺られるのが苦手なレイは、自力で走ってついてくる。半身仔馬だからね。でも、走り続けで疲れないのかな。
「大人のケルピーは一日千里を馳けると言われていますから、幼体にとってもこの程度は散歩のようなものでしょう」
と、ルゥちゃん。何気にいろいろすごいレイちゃんだ。ケルピーのような幻獣が人間に懐くことは極めて希で、人前に姿を現すこと自体が非常に珍しいらしい。ずっと一緒にいるので、そんなに珍しい生き物だとも思えなくなっている僕、身体だけじゃなくて、頭までファンタジーしてるな。
途中、宿場駅で二泊するので、日中ずっと馬車に揺られた疲れも少し癒せる。
「キョウは、ランドワール領、初めてですか?」
駅馬車に同乗している少年が休憩所で話しかけてきた。全身を覆う黒っぽいローブを着て、その記章は魔導士のものだとルゥちゃんが言ってた。彼も、ルゥちゃんと同じ大きさの犬耳使い魔を連れている。その使い魔が僕の顔を無表情な青い瞳でじっと見上げていた。
少年の名は、カウル、使い魔の名前はイフ=レーミン。同乗した時、そう自己紹介してもらった。
「うん、たぶんね……」
記憶に無いとも言えないので、僕は曖昧な愛想笑いを浮かべた。
「いつもブログ見てますよ」
「へ?」
「私の兄がファンなんです。ネットアイドルキョウの」
「あ……、はは」何の事だろうって、もちろん見当は付いてる。梓の仕業だ。僕は愛想笑いのこめかみをピクつかせた。
「特に無防備な寝顔が可愛いいって言ってました。駅馬車で一緒だったなんて言ったら、羨ましがられます」
カウルはそう言って、クスクス笑った。頭をすっぽりと覆うフードからのぞいた顔立ちは幼顔で可愛らしいものの整って気品さえ感じられる。金髪の美形の少年だ。
僕にプライバシーは無いのかい、梓。帰ったら、とっちめてやりたいけど、返り討ちにされるのがオチだろうな……。彼女も準Sランクの戦闘力を持っているとルゥちゃんが言ってた。僕はこぶしを握りしめて肩をプルプルと震わせるしかなかった。
まあ、寝顔くらい、居眠りしている間、この少年にもしっかり見られているよね。べ、別にいいけど……、見られていたと意識すると、妙に恥ずかしい。だらし無く口開けたりしてないよね。
「キョウ、もしよろしければ、私の兄の家に寄ってもらえませんか? 田舎ですし、異郷で女の子ばかりでは心細いでしょう。大したおもてなしは出来ませんが、暖かい食事とベッドくらいは提供できます」
「え? でも、そんな急なお招きで……、いいの?」
僕にとっては異世界のさらに辺境の見知らぬ土地、心細いのは確かだし、旅は道連れ世は情けとは言うものの、そんな、いきなり……、話が旨すぎるような。
「これも何かの縁です。ぜひ。あ……、それから念のために言っておきますけど、下心とか全く無いので安心して下さい。俺、男の子にしか興味無いので」
かなり大胆に聞こえるBL発言を明け透けに口にする少年。カミングアウトって意気込みでもなく、さらりと言い切った。アンヌといい、この世界では、人前でこういう宣言をするのは普通なのだろうか。だとすると、驚いた様子を見せるのは変に怪しまれるだけだ。男の子を好きだという発言自体、僕にとっては微妙に危ない感じがして、気になるけど。
「うん。じゃあ、サラに相談してみる」
出来るだけ平静を装って言った僕の言葉に、カウルは、クスクスと笑った。無邪気で天衣無縫な笑顔。そんな感じがした。
「あなたと沙羅はどういうご関係なんですか?」
自身に関する発言も直球だけど、質問もど直球なカウル。
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