その二十九 色仕掛け?
「あのさ、ランドワール伯爵本人に接触しなければ話し始まらないんだよ。安請け合いしてどうするつもり?」
子爵令嬢と黒執事が帰った後の喫茶店で、僕は、そう言っていた。貴族の縁談を妨害する仕事だなんて無謀としか思えない。Sランク戦闘力の沙羅が得意な魔物退治とは勝手が違うのだ。
「簡単でしょ。色仕掛けよ」
と、あっさり言う沙羅。椅子に座ったまま、子爵令嬢の前金を勘定するのに忙しそうで、目も上げようとしない。
「あ、そう。じゃあ、沙羅頑張って。僕、影ながら応援してるし」
「何言ってんの。わたしがそんな破廉恥な事するわけないでしょ! キョウ、あなたがやるのよ」
ようやく顔を上げた沙羅は、僕と目が合うと、にっと笑った。毎度の事ながら、金貨を前にすると人格が変わる沙羅。今、破廉恥って言いましたよね。ハッキリと。それを僕にやれと? 僕、色気なんか使えるわけない。ぜーったい無理だから。まだ完全に女の子になったわけじゃないし……
「まあまあ、キョウちゃん、そんなに深刻に考えなくても。サクッと気を引くだけでいいんじゃない? ね、潜入した後は、沙羅ちゃんに任せればいいんだから」
プルプルと震わせている僕の肩に軽く手を置いて、笑顔でフォローしているつもりらしいメイド服姿のアンヌ。あんたもグル? 味方だと思ってたのに……
相手は、あの子爵令嬢に求婚するような男だよ。正常な神経と健全な精神の持ち主とはとても思えない。そんなのに色仕掛けだなんて、万が一、捕まりでもしたら、僕、色々な意味でやばいんですけど。
「もしもだよ、相手が変に誤解して、ややこしい事になったりしたらどうするの? バレちゃうかもよ、その……、妨害工作とか……」
「だいじょぶ。問題ない」と、簡単に受け流す沙羅。
「うん。だって、ほら、キョウちゃん、女の子にしか興味無いから」
と、さらりと笑顔で言うアンヌ。
いや、問題ありありなんですけど、その発言自体。事実と言えば、事実ですけど……
「まあ、僕達一般人が、貴族にお目通りなんて、そう簡単に出来っこないし……」
と独り言で安心しようとする僕。
「その点は任せて」
といつの間に現れたのか梓。
「三ヶ日、あなたまでどうしてここにいるの?」と沙羅。
「コーディネーターに頼まれたんだよ。今回は、私、後方支援だけど、ランドワール伯爵との接点は私が手引きしてあげる」
と梓。コーディネーターって……、ニコニコ笑顔で立っているアンヌだよね。今回のようなお仕事紹介の場合、彼女が仲介手数料として、報酬の一割を取ると、ルゥちゃんが補足してくれた。やはり、地獄の沙汰も金次第ですか……。梓の手引きだなんて、例によって嫌な予感しかしないんですけど。
ランドワール伯爵領までは定期便の駅馬車に揺られて三日間の道のり。確かに遠い。インターネットっぽいものまであるのに、電車とかバスは無いの?
ガスも電気の灯りも無いので、町を離れると、夜は漆黒の闇の中。満天の星空は言葉をなくすほどに綺麗。月は低く、星が落ちてきそうな迫力がある。あの世界では写真でしか見たことがなかった天の河もはっきりと見える。不思議と言えば不思議かも。何もかも変わっているように思えるけど、これは僕の知っている地球なんだ。星座は見知った星座のままだし、月の形も満ち欠けも同じ。体感する一日の長さも同じ。それなのに、違う世界。パラレルワールドというものだろうか?
ネット環境も電気信号ではなく、ルゥちゃんのような使い魔を媒体にした魔力通信網らしい。見渡す限り続く原野の中でも、圏外になったりせず情報にアクセス可能なので、通過中の土地について常時ルゥちゃんが解説してくれる。名物料理とか、名所、旧跡などの観光情報も。
馬車での旅行なんて初めの経験だ。固い車輪のゴツゴツした感触を予想していたが、バネ代わりの革のスリングに支えられた客室の乗り心地は揺りかごのようだ。ついうとうと居眠りしてしまっては、沙羅に突つかれて起こされる。
「魔物や盗賊団の襲撃への警戒が必要です。金目の物を運ぶことが多い駅馬車は彼らの格好の餌食ですから」
などと、怖いことまで説明してくれるルゥちゃん。危険なフラグ立てるのはやめてね。
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