その二十八 辺境伯の縁談

 「口を慎むがよい。女! ジュリア姫の御前で無礼な発言は許さぬ」


 執事が背筋をぴんと伸ばしたまま口を挟んだ。


 「なんだ、やんのか? 黒執事!」


 そう言いながら、僕、立ち上がっちゃった。自分でもびっくりしてるけど。


 「姫。お許しを。この跳ねっ返りの小娘、少しばかり調教の必要がありそうです。すぐに済ませますので」


 執事は、少しだけ身をかがめ、そうジュリアに告げると、僕に向かって一歩踏み出した。


 僕の横でガタリと音がして、風がふわっと舞った次の瞬間、背の高い執事はその背中を後ろに仰け反らせていた。その首にキラリと光る物が見える。レイが執事の腕を後ろに捩上げ、ナイフを首に押し当てているのだ。


 目にも止まらない早業だった。


 「やめて! レイ!」


 レイの無表情な目がちかっと光るのを見て、僕はとっさに叫んだ。命を奪うのに躊躇を知らない目だと僕は直感した。


 レイは、キョトンとした顔で僕を見て、仔馬の足で後ろに飛び退いた。


 「ま、そういうことだから、出す物出すんなら、仕事は受ける。嫌なら、とっとと出てってもらおうじゃない」


 と、どさくさに紛れて凄みをきかせる沙羅。さすがです。出どころは逃しません。


 「いいでしょう。良い余興にはなりそうね。曲芸団の座長さん」


 子爵令嬢は扇を口から離さないままそう言った。





 「私、ランドワール辺境伯に求婚されましたの。まあ、私ほどの美貌と由緒正しい家柄を併せ持つ身、世の高貴な殿方が放っておくはずがない事は分かりきった事でしてよね。


 でも、あのへんぴな田舎に二つ返事で嫁ぐなんて、私のプライドが許しません。確かに、家格では彼方が上ですけど、ロマノフェレン家は歴史ある武家。


 それで、依頼というのは、あなた方に、影ながらこの縁談の邪魔をしていただきたいの。もちろん極秘で。そして、破談にはしないように。


 お相手のランドワール卿は、美丈夫なお方で、お若いのに国王陛下の信任もあつく将来を嘱望されておりましてよ。だから、表立った妨害工作は出来ないの。


 少しばかり時間を稼いでいただきたいの。その間に、私への十分な誠意が試せるか、または、もっと高貴なお方からの縁談が持ち上がるかするまで。


 どう? お分りでしてよね? 話を聞いた以上、否応は命に関わると思いなさい。契約書通り、これは前金です」


 ジュリアは、話し終えると、重そうな袋をテーブルの上にドサッと置いた。


 沙羅は目を輝かせて、僕に親指を立てて見せた。いや、今の話の内容でどんな自信を持てるのか、皆目見当がつかないし、僕、ただ悪い予感しかしないんですけど。

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