その二十四 奇跡の生存者

 「あは、ごめん。思い出した。久しぶり……だね。その、すごく……元気そうだね」


 「変わってないね! キョウ。キョドった感じが可愛くって、抱きしめちゃいたいくらい」


 「キョウ、誰、このバッタみたいな子?」と敵意丸出しの沙羅。


 「やだなー。バッタだなんて。うんうん。言えてるかも。あたい、跳ねるの好きだし」


 と、その場で、髪と服をなびかせてぴょんぴょん飛び跳ねるシャルマ。パンツ見えてますけど……。うん。頭のネジがかなり緩んでいるのは確かだ。


 「あんな事故があったのに、よく無事だったよね。キョウ。みんな、あんたのこと奇跡の生存者だって言ってた」


 シャルマの言葉に、急に、僕は何かを思い出しそうになった。


 「え? 事故……」




 「うん。残念だったね。キョウの村。隕石で全滅しちゃって」




 事故、全滅。二つのフレーズを聞いた時、僕の頭の中に、粉々に砕けたプリズムのような記憶の断片がフラッシュバックして渦巻いた。全身を焼き尽くす熱波。車の急ブレーキの音。悲鳴。絶叫。魂を切り裂く不協和音の洪水。ガシャガシャと歪み、収縮する世界。僕は、意識が遠のき、立っていられなくなった。


 「キョウ!」


 沙羅の声が遠くで聞こえる……





 目が覚めた時、僕は、沙羅の部屋のベッドで横になっていた。沙羅とレイと一緒に、緑色のグラデーションの髪の少女が僕の顔を覗き込んでいる。


 「ごめんね。キョウ。事故のことトラウマになってたんだね。もう大丈夫?」


 シャルマが心配そうにそう言った。


 「聞いたわ。あなたの生まれ育った村のこと……。どうりで、過去や自分の生い立ちの事を話したがらなかったのね。気付いて上げられなくてごめんなさい」


 そう言う沙羅の目には涙で赤く泣き腫らしたあとが見える。その隣でレイは、まだ泣いている。


 思い出した。僕は、あの世界、あの事故の時、最後に沙羅の名前を叫んだんだ。思い出せたのはそれだけなのに、今、こうして沙羅に手を握ってもらいその温かみを感じていると、なぜか落ち着いた気持ちになった。


 「ほんとうに、ごめんなさい。わたし、あなたをただの頭の鈍い可哀そうな子だとばかり思ってて。だって、世話ばかり焼かせるんですもの。自分では髪もとけないし、すぐ転んで擦り傷作るし、服は汚すし、食べ物はこぼすし、……」


 あのー、沙羅さん……、落ち着いて。心配するか、けなすか、どちらかにしてもらえます?




 キョウ=エスターシャ=ノヴァレンコア、その仰々しい名前が、この世界の僕の名前だった。如月きさらぎキョウという人間はこの世界にはいなかったのだ。キョウは、北方の小国ジャイルマの小さな村の出身で、十六才の誕生日の当日、村を襲った隕石による大爆発事故の唯一の生存者。それが、シャルマから得た知識だった。


 おそらく、キョウは、その事故で死んだのだろう。そして、別世界の僕の事故と何かの仕組みでリンクし、僕の意識と彼女の実体がつながり、この世界で再生したのだ。それは僕の推測に過ぎないし、難しい理屈も分からない。だが、彼女を再生しなければならない、重大な理由があったことを僕自身の体が感じている気がする。


 やっぱり、僕、アンヌに会いに行こうと思う。ちょっと怖いけど……。歌姫の言う通りだ。自分の事は自分が知ってなきゃいけないと思う。

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