その二十二 メイドさんは闇世界の情報通

 「食費が増えて困るのよね。今借りている部屋も狭くなるし。キョウを養うだけでもお金がかかるっていうのに、こんな子まで連れ込んで」


 と沙羅は、カプチーノに息を吹きかけながらぶつぶつ。


 「ドケチ」


 レイはそう言って、沙羅に挑戦的な視線を投げた。


 「キョウ! あなた、またこの子にへんな言葉教えたでしょ!」


 「ドケチ!」


 怒鳴る沙羅を、レイは犬歯を剥き出して睨んだ。


 「ああ、もう! ケーキを口に入れたままで、ポロポロこぼして。それから、袖口で生クリームを拭かないで。その服高かったんだからね! 誰が洗濯すると思ってるの!」


 沙羅の剣幕に怯えたように大きな目を潤ませたかと思うと、レイは僕に抱きついて、ピーと泣き出した。


 うん、もうね。穏やかな日常なんて諦めましたけど、僕。



 「サラ、あのさ……、それより大事な用件が……」


 「そうそう、アンヌ、あなたなら何か知ってるんじゃないかと思って来たの。でも、これから話す事は他言無用ってことで……、ほらキョウ説明して」


 「依頼人の秘密を守るのは私の仕事よ。どんな用件かしら?」


 とアンヌが少し声のトーンを落とした。この喫茶店は、魔物退治の依頼人と請負い人の情報交換の場になっているシークレットスポットだと沙羅が言った。秘密の案件の場合、アンヌが仕事の依頼を仲介することもあるため、彼女は裏事情にも通じた情報通とのことだ。予めそう説明を受けていると、メイド服の店員さんが裏の顔を持つプロに見えてしまって緊張する。


 「あの……、僕を助けてくれたグリフォンが言ったんだ。でも、その声……、僕にだけ聞こえてたみたい。“光の波動と共に”って。その、意味が分からなくて」


 ルゥちゃんにも、歌姫にもその言葉の意味は解けなかった。


 「うーん。それだけじゃ、私にも意味が分からないかな。特定の暗号ってわけでもないし。何かのメッセージには違いないんだろうけど、私もグリフォンになんて会ったことはないし」


 と首を傾げるアンヌ。


 あの夜、歌姫は、傷ついた僕の体を治療しながら、状況が切迫していると告げた。出来るだけ早く行動に移らないと、大変な事が起きるらしい。一番の問題は、その行動が分からない事だ。女になって妖魔の血を捨てろと歌姫は言うが、その方法も分からない。


 店を出る時、アンヌは、さり気無く目配せしながら無言で僕に何かを渡した。それは、小さく丸めた紙片だった。


 “一人で来て”


 住所と日時と共に、そう書いてあった。

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