その二十 グリフォン

 僕は、小次郎に抱えられて飛んでいた。すぐ後ろで羽ばたきの音と激しい風圧を感じる。着地の衝撃と共に僕の体は宙に投げ出された。大きな物が木の床を転がる鈍い音がする。


 「不覚! こんな時に丸腰とは……」


 小次郎の叫びと呻き声に続いて床に打ち付けられ転がった僕の体は、さらに風圧で巻き上げられた。


 「痛ッ!」


 散々転がされた挙句、僕は強い力で腹を掴まれた。激痛で意識が薄れそうになる。


 トランペットとフルートの音色が聴こえた時は風を切って空に浮かんでいた。


 「ダメ! 遠過ぎて効かない!」


 「キョウ!」


 羽ばたきの風切り音と共に足下の灯りがぐんぐん遠くなる。立ち眩みを起こした時のように目の前が真っ白にになった。


 ほんの一瞬の出来事だったのだろう。僕は怪鳥に掴まれて空を飛んでいた。自分がどういう体勢なのかも分からない。頭を上にしているのか、逆さまか。ここで落とされたら間違いなく命は無い。何も掴まる物も無く、体の姿勢を制御することも出来ない。ただ、されるがまま。猛禽に捕まったウサギになった気分。


 その時、バサバサと羽ばたき音が乱れ、失速し、僕の周りで羽毛が大量に散った。辺り一面がキラキラと舞う光に包まれている。何が起こったのか分からないまま、僕は空中で反転、回転、急降下している事に気付いた。もう激しい風圧しか感じない。体の姿勢を気にしている余裕なんかない。


 「マスター! ツカマレ!」


 かすかな声に、僕の体が反射的に反応した。僕は何か毛深い物にしがみついていた。急に風圧から解放される。さっきの女の怪鳥じゃない。太い馬のたてがみのような物だ。


 地上に降ろされた僕は、足に力が入らず土の上に倒れた。まだ体が浮遊している感じがする。それでも、地面の固い感触に僕は心底安心していた。うん、マジで死ぬかと思った。


 「マスター、ダイジョウブカ?」


 鷲のくちばしと鉤爪の足に馬の体と大きな翼の生き物が目の前に立っていた。淡い光に包まれているその姿はファンタジー映画やゲームの中で見たことがあるグリフォンだ。


 「……助けてくれたの?」


 僕は地面からわずかに顔を上げ、弱々しい声を出した。


 「マスターノコエヲキイタ。イトシイマスター、ブジデウレシイ。マスターヲ、ガイスルモノ、ユルサナイ」


 僕はグリフォンの鉤爪が掴んで地面に押し付けている物に気付いた。それは僕を襲った怪鳥の引き裂かれた体だった。すでに首は無くなっている。僕は地面に伏せたまま思わず身じろぎした。

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