その十八 幻獣ケルピーの女の子

 「オニイチャン!」


 「おやおや、キョウには、ケンタウロスの妹がいたの? それにしてもお兄ちゃん属性までついてたなんて。うププ」


 梓は吹き出し笑いを漏らしている。


 お願いだから、これ以上話をややこしくしないで。誰なの? この子。


 「キョウ、あなたに、懐いているみたいだけど、そんな子、うちには連れて帰れないからね。すぐにケンタウロスの森に返してらっしゃい」


 まるで拾ってきた子猫のように言う沙羅。


 「いえ。その子はケンタウロスではありません。半人半獣のケンタウロスには女性体は存在しませんから」


 と真顔のルゥ。


 「そうじゃの。その子は、幻獣ケルピーの幼体じゃろ。妖艶な女性の裸体を水面にのぞかせ、近づいた男を水中に引きづり込んで食べると言われる妖怪じゃ」


 また物騒なことを平気な顔で言うセイナ。


 「そこを退いて、キョウ! 妖怪なら、この場で退治するわ」


 と凄む沙羅。


 「やめてよ。こんな小さい子を退治だなんて。そんな話、また、伝説に過ぎないんだろ。僕がちゃんと面倒見るからさ」


 僕はその子を両腕でかばった。


 「自分の事ですら何も出来ないあなたが、妖怪の子供の面倒なんて見られるはずないでしょ。小次郎、キョウをそこから引き離して!」


 「拙者も、退治には反対でござる。大義を感じられぬでござる」


 と小次郎は動かない。


 「梓、あなたは?」


 「私は、ヴァーチャルキョウに妹設定があっても良いかなって思うだけ。リアル妖怪には興味が無いけど」


 「ルゥ=サーミン、問います。この子は安全?」


 「差し当たっての危険は感じられません。マスター。もちろん、キョウちゃんには面倒見れないでしょうから、このまま放してしまうのが良いでしょう」


 「多数決に従うわ」


 沙羅はあっさり身構えを解いた。僕はホッとした。小次郎が近付いて、ケルピーの脚に絡んだ縄を解いてやった。


 少女の上半身に仔馬の体の美しい幻獣はぴょこんと飛び上がり、不思議そうな顔で皆んなの顔を見ていたが、すぐに木立の中に駆け込んだ。




 その日は、もう一晩、村おさの屋敷に泊めてもらうことになった。


 沙羅の部屋で目覚めて、まだ数日しか経っていないのに、色々な事が起き過ぎて、あの世界の事が遠い記憶に思えてきた。毎日学校に通っていたことも、吹奏楽の練習に明け暮れたことも。


 あの世界の最後の記憶。吹奏学部の遠征に向かうバスに乗っていた時、窓側の僕の席の前後に沙羅と梓が座っていた。僕たち、何かの事故に巻き込まれたのだろうか。


 僕だけがあの世界の記憶を持ちながら外見が変化してしまったのは転生事故? それとも何かの意味があるの? そんなことも考えてはみるが、それより今は、男になるのか、女になるのかが僕の大問題になった。

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