その十四 甘い余韻

 夜半、寝静まった部屋。僕は、まだ寝付けないでいた。右隣には沙羅、左には梓が、静かな寝息を立てている。布団の中でごそごそと寝返りを打つ僕。長い髪が邪魔になって、寝返りも窮屈だ。


 「まだ、起きてるの?」


 寝ていると思った沙羅が、隣でささやくような声を出した。


 「そっち行っていい?」


 そう言いながら、すでに沙羅は僕の布団の中に潜り込んでいる。


 「いつも、同じベッドで寝てるでしょ。ちょっと、狭いけど、こっちの方が落ち着くかなって……」


 浴衣が擦れ合い、柔らかい肌も触れて体温を感じる。


 「ゆうべは、悪かったわね」


 「え? 何が?」


 至近距離で顔を覗き込む沙羅の瞳に、僕はどきっとした。


 「魔人に襲われそうになったこと。怖かったんでしょ。あれ以来様子がいつもより変だもの」


 あ、そのことね。何だか、あのくらいのことは大した事件とも思えなくなっている自分の方が怖い。


 「旋律地雷とオルタの罠を仕掛けられていたなんて、わたしとしたことがうかつだったわ。でも、良かった。キョウがチューバを吹いてくれたおかげで、すんでのところで駆け付けられて。あの後、小次郎を押しとどめるのに苦労したけど」


 沙羅は少しだけくすくすと笑った。こうして、同じ布団の中で見ると、すごく可愛い。金貨を積み上げてにたついていた沙羅とは別人のようだ。


 「サラ、僕……」


 「ん?」


 「いや、なんでもない」


 「何よ。言いかけたなら、ちゃんと言いなさいよ。じれったいわね」


 あれ、僕、どうしちゃったんだろ。夜目に慣れた目で、沙羅の瞳を見ているうちに、意識が吸い込まれそうになって、何か重大なことを言おうとしたんだけど……。


 「ねえ」


 沙羅は、僕の手を握って、指を絡ませてきた。僕も握り返す。しばらくの間、二人無言で、指を絡み合わせた。


 「やっぱり、キョウは、キョウね。変わってないわ。安心したかも」


 くすっと笑って、そう言うと、沙羅は寝返りで僕に背を向けた。


 「明日も早いんだから。早く寝てよ。いつも起こすのに苦労かけさせるんだから。ほんと、世話を焼かせる子よね。……ま、そんなところが好きなんだけど」


 そう言う沙羅の背中の柔らかな体温に触れていると、うとうととまぶたが重くなってきた。好きという言葉が心に甘い余韻を残す。もちろんそれは、LOVEではない。わかってる。でも、こんな甘い日常も悪くはないと思えてきた。たとえ、それが刹那的なものだとしても……

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