その十 地獄の沙汰も金次第

 「……うーむ。よくよく見ると、おぬし、半妖であろう。ならば、問題無い。いーや、むしろ大好物じゃわ。力づくでも、吾輩の“嫁”にしてくれよう」


 そう言いながら、魔人はよだれまで垂らしている。


 この世界では、魔物まで変態なのか? 男だって、言ってるだろ。問題ありありだよ。大好物って、なんだよ? はんようって何それ、美味しいの?


 僕は、とっさにチューバを抱え上げ、マウスピースに思いきり息を吹き込んだ。近づきつつあった魔人の動きが止まった。効いてる? 効いてるよね? でも、一瞬で効果が切れたようだ。魔人の太い腕が振り上げられる。そして、僕に向かって振り下ろされたその時、聞き覚えのあるトランペットとフルートの音色が奏でられた。魔人の腕をかわした僕はその旋律に合わせて、チューバを吹き続けた。


 「キョウ、お待たせ!」


 沙羅と梓が部屋に駆け込んできた。怯んだ魔人は耳を押さえて、苦痛に顔を歪めている。そこに、小次郎も飛び込んできた。すでに、白銀の刀を抜いている。魔人は、床に這いつくばって、小次郎の鋭い一撃をかわした。


 「待った! 降参じゃ! 命だけは……」


 這いつくばったまま手を上げて命乞いをする魔人。さっきまでの凄みはどこへやら、随分、情けなく見える。もちろん、同情なんてしないけど。小次郎は、ちらりと僕の顔を見た。


 「キョウ殿。切ります。切っていいですね。拙者のキョウ殿に与えた辱めは死に値します」


 まだ、辱めを受けたってほどでもないから、疑いを招くような言い方はやめて。それに、拙者のキョウってなに?


 「命くらい見逃してやってもいいけど、あんた、出せる物、出せるんでしょうね」


 そう言って、沙羅が、トランペットを手に、魔人の前に立ちはだかって、トンと足踏みを突いた。


 「地獄の沙汰も金次第って言うでしょ」


 沙羅がにっと笑うと、魔人は恐怖に引きつった顔を見せた。





 「わたしの見込んだ通り。あいつ、随分貯めこんでいたわ」


 魔人から奪った金貨を積み上げて数えながら、沙羅は上機嫌。そこは、凱旋した村おさの屋敷の一室だった。


 「うちのキョウが受けた精神的苦痛への損害賠償は、また、別よ。お情けで、三十五年ローンにしてやったわ。やっぱり、わたしって、優しいのね」


 いや、十分鬼畜です。お金に関しては。沙羅さん。


 「本当にあれで良かったのでござるか。拙者、納得行かないでござる。切りたかったでござる」


 小次郎、おまえはただの殺人鬼だ。


 「大丈夫。今後、村も歌姫も襲わないって、証文も取ったから」


 「もちろん、破るともれなく死の呪い付きです」


 と、得意顔で指と尻尾をフリフリ、沙羅の言葉を補足するルゥちゃん。

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