その九 魔人のお嫁さん?
目を覚ました時、僕は魔人っぽいものに見下ろされていた。
薄暗い洞窟の中、地下迷宮の一室だろうか。朽ちかけた柱や壁のような物も目に入る。
その天井に頭がつくような巨体で、角も生えて、尻尾もある。その残忍そうな顔付き一つ見ても、意識を失って倒れた僕を介抱してくれている親切な通行人なんかにはとても見えない。そんな展開期待出来ない事ぐらい分かってはいたのに、いざ当の魔人を目の前にすると怖すぎる。いきなり頭からかじったりしませんよね。
「思った通り、楽師を雇いおったか、村人どもめ。しかーし、我輩の方が一枚上手よ。ちゃーんと、手は打っておいたわ」
魔人は独り言のように、そう言った。野太いダミ声が部屋中に響く。とりあえず言葉は通じそうで、ほんの少しだけ安心した。でも、状況説明ありがとうだなんて、言ってる場合じゃない。
「愛しい歌姫よ。この日をどんなにか待ちわびたことか。そんなに怯えるでない。その可愛い顔をもっとよく見せるのじゃ。ほれ、今宵は初夜に適した月夜。我が嫁として、さっそくの共同作業の記念日じゃ。さあ、我輩の子を産むがよい」
いや、勝手に記念日作られても、生理的にも生物学的にも無理ですから。
「おや? 何故こんなところに楽器が……」
魔人は、僕のチューバにようやく気付いたらしい。図体がデカい分、頭の回転は鈍いのかも。僕は少しだけ希望を持った。ここは、あれだ。昔話にあるように、とんちやなぞかけなんかで上手くごまかして、逃げ出すことも出来たりして。でも、上手いとんちなんて、咄嗟に思い浮かぶほど僕も頭の回転速くない。
「おぬし、何者だ? 歌姫じゃないな」
ほら、もう気付かれた。声の調子が怖くなり急に魔人の表情が険しくなったようだが、もともと狂暴な顔立ちなので、大した変化に見えなかった。
「楽師の仲間か? おのれ、純心な魔人の心をもて遊びおって、許せぬ。偽歌姫めが……?」
僕に向かって伸びてきた大きな鉤爪の手が、ふと止まった。
「よく見ると、おぬし……、歌姫に劣らず、いんや、それ以上、いやいや、随分と、めんこい顔と姿形。一目で、吾輩のハートを鷲掴みじゃ」
そう言う魔人の狂暴な顔はにやけて崩れ、もはや見るに堪えない。僕は、生理的嫌悪を通り越して、全身に悪寒が走った。冷や汗が僕の頬を伝い落ちる。
「もはや、歌姫などどうでもよい。おぬしこそ、吾輩の求めた理想の花嫁。これで、田舎の母にも自慢が出来るわ」
魔人の鼻息がフゴーっと荒くなる。あんた、親いたの? というツッコミは置いといて、はい、そうきましたか。でも……
「さあ、吾輩の子を産め」
「無理! だって……」
僕は息を溜めて、言い放った。
「僕は、男だ!」
一瞬、魔人の顔に当惑のような驚きのような表情が浮かんだ。大きな二つの目玉が僕の顔をぎょろぎょろと見つめ、肌の露出の多い僕の体を舐めるように見回した。いやだ、もう無理、僕、じんましん出そう。
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