その八 箱入り娘じゃなくって……

 「ちょっと待って、身代わりって……」


 思わず身を乗り出した僕の肩を沙羅と梓が両側から手で押さえた。


 「安心して、キョウ。わたしたちがちゃんと守るから、あなたは箱の中で座っているだけでいいのよ。ね、楽な役でしょ? 魔人には、あなたに指一本触れさせないわ」


 「ええ、魔人ダングレアは高位のデーモン。指一本でも触れられたら即死級の魔力を持った怪物ですから当然です」


 と犬耳をピョコピョコさせながら真顔で怖い事を補足するルゥ。


 ルゥちゃん、ナイスフォローなんて言ってる場合じゃないよね。




 まあ、分かっていましたとも。僕の反論なんて聞き入れられないことくらい。僕は、歌姫の衣装を無理矢理着せられて、チューバを傍らに木の箱の中で座っていた。


 そりゃまあ確かに、主旋律の奏者二人が身代わり役では魔人と戦えないのは分かる。僕は言わば伴奏者だ。ベース音を出して旋律を支えるのがチューバの役割だ。吹き込む息の量も大量に必要な巨大な楽器では複雑なリズムなんか刻めない。


 だからって、どうして僕がこんな露出狂みたいな衣装とも言えないような薄布とゴテゴテした飾りを着けられる必要があるの?


 あの二人、沙羅と梓、絶対面白がっていたというか楽しんでいたよな。着せ替え人形遊びみたいに、きゃあきゃあ騒ぎながら。


 もちろん、腰の下着を脱がされるのだけは断固拒否したし、小次郎は厳重に鍵をかけた別室に監禁してもらった。


 僕は、手にした金銀の鈴杖を三度続けて振った。シャリリリーンと涼やかな音色が狭い箱の中で響く。準備完了の合図だ。



 作戦は単純。魔人に指定された月夜の晩、歌姫の身代わりとして僕が囮になり、魔人の洞窟入り口まで運ばれる。そして、誘き出した魔人を村人に扮した沙羅たちが攻撃し始めると僕も飛び出して攻撃に参加するというシナリオだ。


 すぐに木の箱は担がれたように動き出した。乗ったことは無いが籠にでも乗っているような気分だ。しばらくして、箱はごとりと地面に降ろされたようだ。動かなくなった。


 さすがに怖い。体が芯から震える。奥歯がガチガチと鳴る。本当に沙羅たちはついてきてくれてるのだろうか。今なら、あの小次郎にさえ縋り付きたい気分だ。


 でも、何事も起きない。いつまで待っても、辺りはシーンとして物音一つしない。まさか、指定の時間か場所を間違えたというオチ? そんな疑問が浮かんだその時、心の内側からゾワゾワとざわめかせるような禍々しい旋律が遠くから聞こえてきた。


 「え? オルタ?」


 「そんなの聞いてないよ」


 箱の近くの方で沙羅と梓のささやくような声がする。


 「応戦しないと、囲まれたら全滅ですぞ。かなりの多勢とみた」


 「小次郎殿に同意します」


 とルゥ。


 「作戦変更! キョウを連れて逃げるわよ。キョウ出てきて!」


 沙羅が叫ぶ。


 僕は状況が理解出来ないまま、箱を蹴破ろうとした。アレ? いくら蹴っても叩いても箱が壊れない。簡単に出られるはずだったのに……


 その時、すぐ近くで耳をつん裂くような音が聞こえた。黒板をチョークで引っ掻いたようなあの不協和音だ。爆発的な音圧に、僕の意識は薄れていった。


 「しまった! 罠よ! 旋律地雷……」


 それが、その場で僕の聞いた最後の声だった。

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