その七 歌姫は不思議少女
「紅顔の美少女一人の関心を求めて二人の少女がいがみ合う。人間の浅はかさここに極まれり。キョウ殿、拙者にお任せを。どちらか切って差し上げよう。なんなら二人とも。そして拙者と駆け落ちを。嗚呼、愛する者のためとはいえ、罪を犯したこの身と薄幸の美少女の旅は、人目を忍び……」
小次郎は刀の柄に手をかけて自分の世界に入り込んでいる。
いや、お前が一番物騒で面倒な問題だ。僕は小次郎を両手で押し留めた。
「とるとか選ぶとか、今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ? えっと、そうだ、村の歌姫だよ。歌姫を助けに行くために皆んなで協力しなきゃ」
僕は、そう言いながら文字通り火花を散らしている沙羅と梓の間に割って入った。二人の足元には火花に焼かれた哀れな虫たちが転がっている。
「マスター。大変です。キョウちゃんがまともな事を言いました」とルゥ。
「やっぱり熱があるのかしら。でも、もっともだわ。歌姫を助けないと報酬も貰えないし。三ヶ日、今日のところは引いてやるからありがたく思いなさい」
と、長い黒髪を搔き上げて高慢な態度を崩さない沙羅。
どんだけこの世界の僕のキャラ壊れてるの? 僕はそう思いながらも、先頭に立って歩き出した途端、石につまづいて転びそうになった。ところで、行き先どこだっけ? ……ルゥちゃん教えて。
村までの道のりで、何体かの魔物っぽいものに遭遇し、僕は、この世界での戦闘システムについて学んだ。この世界では、楽師の奏でる旋律が魔法の波動となって敵のエネルギーを奪うのだ。
いざ戦闘となると、沙羅のトランペットと梓のフルートは絶妙なアンサンブルを奏で、敵をなぎ倒す。あれだけいがみ合っていたのが嘘のようだ。ルゥちゃんの解説によると、沙羅の旋律戦闘力は、Sランクで、宮廷楽師に匹敵するレベルらしい。それがどの位すごいことなのか、僕にはイメージ出来ないが、魔物をなぎ倒す速さを見るだけでも敵に回したらヤバイということだけは理解出来る。
小次郎のトロンボーンは、飛行する魔物に有効な飛び道具、僕のチューバは、後方からの攻撃支援と全体効果があるらしい。戦闘経験皆無の僕でも、吹奏楽部の連日の練習で身に着けた沙羅や梓の主旋律をサポートするベース奏法で戦闘に加わることが出来た。
村に着くころには日が暮れていた。入り口で依頼主の村おさの出迎えを受けて早速、歓待の食事。畳のような物が敷き詰められた大広間だった。その席で、今回の事件の当事者である歌姫が紹介された。
謎めいた美少女という表現がぴったりの子で、ブロンドに色鮮やかな髪飾りと黒い紗を付け、肌の露出の多過ぎる衣装で、金銀の鈴がついた杖を持って楽師達の前に座った。名前はセイナ。
「歌姫は、神に仕える神聖な身で、各地方の守り神の依り代でもあるんです」
と解説するルゥちゃん。
なるほど巫女のようなものらしい。どうりで不思議な雰囲気をまとっている。
「
歌姫は、僕の顔を凝視して、鈴を転がすような声でそう言うと、口に手を当ててホホホと笑った。
雰囲気だけじゃなく、頭の中も不思議ちゃんだと確信する僕。いや、それよりも、今なんて?
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