その二 犬耳のメイドさん?

 「キョウは、ジャイルマ出身だって言ってたでしょ。だから、サルサーンの朝市は、初めてだって」


 「なあ、沙羅。これって、ドッキリか何かのつもりか? いくら沙羅でも度が過ぎると思うけど……。僕、沙羅と同じ城南中の出身だよ」


 「何、寝ぼけているの、キョウ。昨日、オルタトロンボーンの狩りの時に頭でも打った?」


 「オルタ? 狩りって?」


 「そう、あのボーン、見かけ以上に強敵だったよね。キョウのチューバの支援がなければ、わたしでも苦戦したかも。最後は、力ずくでねじ伏せてやったけど」


 何がなんだか全く状況が理解出来ないまま、沙羅は沙羅のままだと、僕は妙に納得してしまった。もちろん納得している場合じゃない。冗談でも、奇行のレベルが僕の知っている沙羅とは段違いだ。異次元のレベルだと言っても過言じゃない。いや、異世界。……どっちでも同じか。沙羅の中二病に巻き込まれて、僕まで頭がメルヘンしてしまったとか……。それで、僕の声までおかしくなってるの?


 「マスター。ルゥ、お腹すきました」


 その時、何かが、ベッドの下で声を出した。三角に尖った犬の耳のような物がぴょこぴょこと揺れている。恐る恐るベッドの上からのぞきこんだ僕が見たのは、ツインテールの髪形の少女だった。いや、正確には少女そっくりの生き物の姿だった。小型犬ほどの大きさで、頭には犬耳がぴんと生えていて、尻尾まであるが、ちゃんと二本足で立ち、フリルのエプロン付きメイド服を着ている。


 「キョウちゃん、おはようございます」


 「え、ええっ! 何これ?」


 正体不明の犬耳生物と目が合った僕は、面食らって女の子みたいな声で叫んでしまった。


 「何言ってるの? キョウ。わたしが使役している使い魔のルゥ=サーミンでしょ。これ、だなんてペットか何かのように呼び掛けたら、機嫌を損ねるわよ。最初の第一声はちゃんとフルネームを使わないと」


 「ルゥ、不愉快です」


 「ほら」と、なぜか得意顔の沙羅。


 「え、あ、ごめん。そういうわけじゃなくって……」


 僕は、ふくれ面になった犬耳使い魔の機嫌を直そうと、顔の前で手を振って思いきり曖昧な笑顔を作った。


 「今朝のキョウは、いつにも増して変よ」


 「同感です。ラフレックスの粉を浴びた後遺症かもしれません。幻覚作用があるといいますから」


 とルゥ。ぴょこぴょこと犬耳を動かして、クンクンと鼻を鳴らした。沙羅は僕の肩に両手をのせて顔を近付けてきた。


 「サ、サラ、朝早くから、こんなところで……、僕たちまだ……」


 目と鼻の先まで近付いた沙羅に僕はドギマギした。沙羅は無言で額をぴったりと合わせた。


 「だいじょうぶ。熱は無いようね。すぐ正気に戻るわ。さあ、いつまでもこうしちゃいられない。市場に行かないと」


 沙羅は僕に背を向けて、朝日に輝く窓を逆光にその場で着替え始めた。


 「ちょっ……、サラ! いくらなんでも、いきなり目の前で着替えるなんて」


 僕は、慌てて声を出した。彼女の豊満な裸のバストまで見えそうになって目を手で覆うふりをした。


 「何、恥ずかしがってるの。女の子同士で。わたしの裸くらい見慣れてるでしょ。そりゃ、まあ、あなたがペチャパイをコンプレックスに思っていることは知ってるわ。でも、貧乳もステータスよ」


 「……? 女の子、どうし?」


 僕は、その時初めて、部屋の隅に置いてある鏡に映る僕自身の姿に気づいた。寝乱れたままの淡い栗色のストレートヘアをベッドの上まで垂らして座っている異世界的美少女の姿がそこにあった。碧玉のような緑色の瞳の目が大きく見開かれてこちらを見ている。


 「えっえええ!」


 思わず叫び声を上げてしまった僕は、沙羅とルゥに思いきりにらまれた。


 触ってみても、胸は無い。沙羅に言われる通りのペチャパイ。そして、恐る恐る自分の股間を触った僕は、叫ぶことも忘れて、絶句した。


 ちゃんと、付いているのだ。見慣れたアレが。

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