その三 楽師のお仕事紹介
「で、どうして、僕、チューバを担いで歩かなければならないの?」
雑踏の中を歩きながら、僕は、愚痴をこぼした。
元の世界の吹奏楽部では、僕の担当楽器はチューバだった。そして、なぜか今、僕はその巨大な金管楽器を背負って異世界の町を歩いている。あの世界よりだいぶ身体が小柄になっているので、まるでカタツムリが歩いているように見えると思う。
沙羅に着せられた魔法少女のような飾り物の多いひらひらした服は動き難い。大きなリボンとかマフラーとか、絡みついて転びそうになるし、ミニスカートの足元はスースーするしで、僕は泣きそうになった。
この世界の住人の記憶の中では、キョウという人間はずっと女性としてこの世界で暮らしていたらしい。僕が男として生活していたあの世界の記憶を持っているのは僕自身だけなので、性別不明でも、言われるまま女の子として振る舞うことにした。この外見で、男だと言ってみても、全く説得力無いと思うし、かと言って、裸になってまで主張すべきではないと思えた。
早朝だというのに、通りは人で溢れている。いや、中にはとても人間には見えない者もいる。まるで、ファンタジー映画の撮影セットの中に紛れ込んでしまったみたいで、僕のコスプレのような姿も目立つことはない。
最初は驚き、恐怖も感じたけど、もう慣れてしまった。我ながら順応性の高さに驚く。
「用心のためよ。町中でも油断は禁物」
雑踏の中、真っ直ぐ前を向いたままの沙羅はそう言った。彼女は、片手にトランペットを持っているだけで、ショートパンツに普段着のような身軽な姿だ。
「用心って……」
僕は、近くを通りすぎた大男の姿を振り返った。身長は僕の倍近くあり、全身を黒い布で覆っているが、露出している部分は緑色の岩肌のようだった。背中に大きな剣を担いでいる。
あんなのが暴れだしたらたまらない。恐る恐る見ているうちに振り返った大男と目が合ってしまい慌てた。
一瞬立ち止まった大男は、厳つい風貌に不似合いなほど礼儀正しい会釈をしただけで歩き去った。
この世界では僕たちは楽師と呼ばれ、特別な職業だと、市場を見て歩きながら犬耳使い魔のルゥちゃんが解説してくれた。彼女はとっても物知りだ。楽師は旋律魔法を使って魔物と戦ったりもするらしい。
街角の喫茶店に入って、僕はようやく一息ついた。
「いらっしゃい。沙羅。キョウちゃんも一緒ね。嬉しいわ」
メイド服の店員さんが笑顔で迎えてくれた。柔らかそうなブルネットをボブカットにした笑顔の可愛いお姉さんだ。
「アンヌ。仕事の依頼来てない? 出来れば、大口の案件がいいんだけど。今月ちょっとピンチなのよ。キョウに、お金掛かっちゃってさ。美容室でしょ。服に、食費も」と沙羅。
「そうね、これなんかどう? 庭の木に巣を作った
アンヌと呼ばれた店員さんは、副業として楽師への仕事の紹介や仲介をしているようだ。むしろ、そちらの方が本業なのだろう。慣れた手つきで、紙の束の中から一枚の書状を選び出した。
「わたし、飛び物苦手なのよね。それにしても、ワイバーンが巣を作るまで庭を放置していたって、どんな依頼主よ。まず、そいつから駆除したほうが世の中のためだわ。そういう輩に限ってつけあがるから」
「じゃ……、これなんかどう」
依頼主に危害があっては大変だと思ったのだろう。アンヌは笑顔でごまかしながらすぐに別の紙を選び出した。
「報酬五千ルードル。いいわね! 依頼内容は、と……、ペットの捜索? 特徴、犬科、頭の数三つ。好きな食べ物、生きた牛、って、これペットじゃないでしょ。立派な化け物よね」
「うん。まあ、でも人間にはよく懐いているらしいのね」
「分かったわ。これにしましょう。行くわよ、キョウ」
沙羅に手を引っ張られて歩き出す僕。異世界で目覚めた早々いきなり、化け物探しだなんて、不安と命の危険しか感じないんですけど。
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