第2話

 金魚2匹と金魚鉢を持ってウキウキしながら帰って、誰もいない家の中で、ただいまと大声で叫んだ。返事なんかある訳がないのだが。

「お帰りなさい」

 聞きなれた声がした。どうやら隣に住む幼稚園児の水草楓ちゃんが忍び込んでいたらしい。僕が鍵をかけずに家を出たのがいけないのだけれど。

「駄目じゃないか。勝手に上がり込んで」

「ごめんなさい。お兄ちゃんに相談があるの」

 楓ちゃんの相談内容は、金魚を引き取ってもらいたいというものだった。水草さん宅には猫がいて、金魚は飼いにくい。そこで、僕に預けに来たらしい。僕は、快く引き受けてあげた。2匹も3匹も手間は同じようなものだからね。楓ちゃんが持ち込んだ金魚は、蝶尾という、ちょっと珍しい品種だった。楓ちゃんをお家に返した後で調べてわかったことだった。僕はこの蝶尾に優姫と名付けた。

「まりえも、由依も、優姫も、みんなかわいいな」

 僕は、広い家に1人でいる寂しさを誤魔化すために良く独り言するのだけど、話しかける対象がいることは、とても有難いことだ。

 ーピンポンー

 そこへ、宅配便が届いた。どうやら妹からの贈り物のようだ。妹は、今は両親とともにアメリカにいるのだが、何か珍しいものを見かけると、直ぐに僕の元へ送って寄越すのだ。この日の荷物は空輸だった。中を開けてびっくりした。なんと、水がいっぱいに入ったビニール袋の中に、かわいい金魚がいるではないか。それは、コメットという品種だと直ぐに分かった。説明書きが添えられていたからね。僕はすかさずこのコメットに奈江という名を送った。それにしても、物事が重なる時は重なるものである。

「奈江も、かわいいなぁ。でも、どうしたものだろう」

 考え込んでしまった。1匹用の金魚鉢が2つと、金魚が4匹。取り敢えず2ー2で納めてはあるものの、水面付近で口をパクパクし始めている。かわいそうに。金魚鉢では狭いのだろう。そこで僕は、この4匹を浴槽に連れて行ってあげた。金魚鉢よりも大きい容れ物は、それしかない。そっと放してあげると、4匹が喜んでいるような気がした。

「口が聴けたら、どんなに楽しいだろうな」

 いや、見ているだけでも充分に楽しめた。失恋したばかりの僕の心を癒してくれた。

「ここで5人で仲良く暮らそうな」


 そうこうしている間に、辺りは暗くなってきた。僕は、あることに気付いた。我が家は決して狭くない。東京のど真ん中であることを考えれば、広いといえるほどである。だが、父親の趣味で作られたこの家には、風呂場は1つしかないのだ。家族4人が同時に入れるほどの大きな風呂場だけなのだ。その風呂場の浴槽は、今は金魚達に占領されている。つまり、4匹の金魚達を退かさなければ、僕は風呂に入れない。仕方なく金魚鉢に移し変えようとしたのだが、4匹は余程この浴槽が気に入ったらしく、金魚鉢には戻ってくれなかった。そこで、僕は仕方なく金魚達をそのままに、服を脱ぎ水風呂に入った。

「じゃあ、一緒に入ろうか」

 金魚と入るお風呂も乙なものである。潰さないようにそっと浸かると、早速挨拶に来たのは、由依だった。由依が群れのリーダーなのだろう。彼女を先頭に、優姫、あゆみ、まりえと、一列に並んでいた。

「水温の具合は、どうだい?」

 それにしても水風呂は冷たい。金魚達にはちょうど良いのかもしれないが、人間の僕には、冷た過ぎた。僕は、本当は身体が暖かくなる方が好きなんだ。いつもなら、全身が暖かくなって、こう、眠くなるのだ。そう、こんな感じに……。僕は、いつの間にか目を閉じていた。そして、次に目を開けた時には、とても不思議な体験をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

外伝 郁弥とまりえと由依と金魚鉢 世界三大〇〇 @yuutakunn0031

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ