第6話 103号室
いたって普通の男が103号室には住んでいる。何をもって普通とするかと言われれば、特に私の感情を波立たせることもない男であるという事である。悪感情も抱かないし、良い印象も与えられることもない。10年、20年後に住人達の事を思いだした時、あー、そんな住人もいたかと思い出す程度という事である。
この普通の男が出かけようと玄関を開けると、隣の102号室の扉の前には憎き猫が私の扉をガリガリ、ガリガリとひっかいている。私は被害をとどめるために扉を開けようとするが鍵のかかった扉等は私の力で開けられるはずもない。ただ無抵抗に傷つけられるのを黙って受け入れるだけである。
その時、それを見た普通の男はひょいと猫を持ち上げ、階上へとむかうため階段を昇る。私はこの時初めてこの男に好印象を抱いた。
それは私を助けるためにしたことではなく、201号室の女性への点数稼ぎだという事が分かっていても、なお私は感謝した。
普通の男は201号室のチャイムを鳴らす。猫を届けることをきっかけに何か会話をしようと考えているのかもしれないが、それはできないことであろう。なぜなら201号室に女性はいないからである。最近はこの部屋に帰ってくる気配はない。だからといって寂しいかと問われれば、そういうわけでもない。ちゃんと女性は私の内部にいるのだ。
ただ老婆と一緒でひどく元気がなくなっているのである。すべてはあのクズのせいである。私はなんとかできないかと考えた。
私はタイミングを見計らって、202号室の玄関扉を開けることを試みた。私のここ最近の努力が実ったのか。神に祈りが通じたのか。それとも風などの自然現象だったのか。どうして、そのような事を成せたのかは分からない。しかし、扉を開けることに私は成功したのだ。
ちょうど普通の男が202号室の前を横切るタイミングで。
扉を開けた瞬間、異臭が普通の男の鼻腔を刺激した。普通の男は咄嗟に匂いの出どころをチラリと見やる。そして、部屋の中に目線をうつして驚愕の顔を見せた。
「あっ、あっ、あっ……」
声にもならぬうめき声をあげ、尻餅をついた。接したズボンからは液体のようなものが溢れ出た。
私はこの男に少し悪感情を抱いた。これ以上私を汚すようなことはしないでほしいところである。
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