映画(わたしたちは繁殖している)

きのう

旧い映画を観た

銃撃を受けた老博士

側頭をやすやすと撃ち抜かれてなお

机に向き合った姿勢を崩さず

流麗な筆記で

自著の扉絵にサインをしてみせた

白黒の皺がはみ出るほどのクロースアップ

破顔の端を脳漿がこぼれ落ちた


ころされる瞬間

ころされた名前を

日にちを優雅にしたためる

そんな叙景の反復に胸は高鳴る

夜明けの森を圧迫する

藍のようなピアノ線に喘ぐとき


チフスでも疳の虫でもいい

ころされるときはこの裸にも

書き殴ってみたいものだ日付けを

つま先から犬歯から

肛門に挿入したバイブレーターにまで

名前はいらない

壁にかけられた日めくりカレンダーを

作為性のひとひらであらゆる平面を

汚してやりたい


ころされるのだからそんな暇はないか?


このところ

繁殖についてよく考える

たとえばわたしは映画が再生されるたび

扉の向こうからの銃撃に斃れざるをえない

窓に向き合うこの体勢から向かって左の

扉を開け放ち撃鉄を起こした者の正体に

心当たりはなく今後も知ることさえないが

つまりこれこそは繁殖なのではないか?


ころされる瞬間

ころされる名前を

日にちを優雅にしたためるわたしは

再生という反復のたびに殖え続ける

そして再生の淵源には再生への

不埒な欲求があるということだから


わたしはつまり体熱に湿潤する粘膜へ

わが身そのものを陽物や陰処として

挿入や導出にはげんでいるのだ日付けは

つま先から犬歯から

側頭から噴き出す脳漿にまでも

刻印されており諸君はこれらを

自身と結合するところの恥骨として

躍起になって承っておるわけだ

これほど愉快で野放図な姦通もあるまい?


ころされるたびにわたしたちは繁殖している

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