鰯の渓、涙嚢の沼

青銅の叢雲の下

電飾の蔓を吊り下げた

眩いばかりの牛車が降りてくる

立錐する鰯たちの渓間たにま


地の国はかつて遠近おちこちに涙嚢をひらき

浅葱色の深泥を匂い立たせた

今では降り止まない初雪から

血の味がする


渓は針の如く狭隘で

神経の如く不自由だ

跳ね回る梢の銀灰が

馭者の鼻翼に鱗を萌す


たかき人は乳色の朝霧に醤を嗅ぎ

沼地に沈める幼児の項を想う

光のない瞳孔が生い茂り

張り裂けた岩床をひとえに繋留する


あゝ菜の花よりも勃々たる魚群

兎唇みつくちを縫い合わされた峰々が

無音ぶいんを詫びるおらび声を

背に受けて辿り着くのは


瀬音

涙のさわ

たなごころに掬い

ひといきに呑み干し


あゝたかき人は屋形の脚下きゃっか

乳色の下血を散らし

項垂れる馭者の耳朶に

毛羽立つ鱗はさざめいて


透き通る軛ばかりが

鮮やかに綻んで

歓びのない自由を駆けめぐる

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