若い沈黙

新芽のようにやわらかな沈黙が、僕らを充たしていた。


沈黙が文字通り、

「空気」

の空隙に存するなら、

僕らはその空胞に閉ざされたジャコに過ぎない。


油を塗られて輝く、円い胴体をくねらせて、

僕らの肥えたはらわたに

糸鋸の歯を立てる好機をうかがう者。

その気配を天啓のように

ありありと感じながら、狭苦しく渇いた湖を

泳ぎまわる愚行をやめられない。


季節が過ぎて、湖畔にひらく花弁の種類が転じても、

沈黙の質量は変わらない。

若さ、瑞々しさ、健やかな骨の

剥き出された凹凸……。それらは

獲物がいかに、捕食者に慣れ親しんだかの

証左でしかない。

はたしてその卑猥な鼻っ面に出くわしたとき、

困惑や馴致、あるいは屈従?

を示すために、

黒く濡れた巨大な鼻を掌底でおそるおそる包む以外、

人間ではない僕らに何ができよう?


水銀のようになめらかな皮膚を、潮気に濡らして沈潜する

二人、三人、あるいは幾数人の連帯。そこに

交歓という雑音が充ちる、

そういう数知れないテーブルと部屋で交わされる

数知れない叙景、

その途上、ふとした途絶を、

目敏い海獣は鼻先から悠々と泳ぎきる。

愛撫する犬の腋窩を嗅ぎまわる、女や男みたいに……


「君はその、若い悲しみを棄てるべきではない。人間にとって必然の、などと振りかぶりはしないにしても。それを受け渡すとき、君という一個体の内部、皮下組織を循環する何らかの構成が失われる。君は若い悲しみを明け渡すべきじゃない。自分だけの〈ひみつどう具〉を持っていけよ、ラジオみたいに。そして気づいてほしい、もし君がそうしなかったとしても、僕にできることは何もないからこそ、こんなことを……


 こんな多弁を弄されるのは暴力的な感じがするかい?」


今は半ば、自らの鰓のとば口を、

かたくなに結ぶ所作をゆるされた僕らの皮下組織へと、

水底に降りそそぐ

ひとすじの朝焼けのような、沈黙の澱が……

記憶に残らない、ささやかな悲しみは、

雨粒が波間に落ちて

跡形もないように、円く、小さく

誰も知らない痕跡を消し去り、翼をひらき、

水鳥のように飛び去り、

青い春を旋回して……

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