消息不能

A「消息不能となった異端者の皮をあげよう

  びっこを引くおまえの痩躯にあわせて裁断した」


B「噴き出す鉄錆を洗い流して漂白して

  心臓の刺繍を地雷みたいに埋め込んだハート形のかわいらしい皮だって?」


A「凍土で永久に停止した生き物を恋い焦がれる旅はどうだった

  安寧の遺失物に偏執的な関心をしめす変質者め」


B「異端者が脱ぎ棄てた皮の内側から父の体臭が鼻をついて

  同時に机にひろげた掌にフォークを突き立てる映像が脳裏に浮かんだ」


A「燃え盛る血の海へ投げ込まれた雌鹿の脚は朝霧にふるえていた

  引きずられた蹄が轍のように間断なく栄養豊かな黒土を削っているね」


B「森は生きている生き物の気配や交合や悪辣や切片で生きている

  動物園だって賑やかで臭くて不衛生でここと大差なさそうね」


A「やつらが檻の外おれたち檻の中喩えるならそんなとこさ

  外にいながら外へ出ようとして目の前に並ぶ金属棒の紐帯に目もくれず」


B「人生をこの人生を水百姓の娘みたいに二束三文で売りさばいてやる

  石女が老婆に破り棄てられた南方の着物の行く末を占う夏」


A「それは赦さない赦されざる者は消息を絶つほかない

  おまえのあるかないかわからない消息など絶てるかどうかさえわからない」


B「心の内外に定立された抒情にいつも何度でも吐き気が止まらない

  これも予定説か?」


A「骨身に浸みる骨の痛みを黙って感じていればいい今は

  これからどういう展開になるのかは寡聞にして知らないにせよ」


B「檻の中の思い出は夢で思い出せない顔どもを相手取り

  これは夢だしなぜ腹を刺さなかったと壁に向かって夜が問い詰める」


A「檻の中で外の者どもは火種を絶やすことなく座り込む

  おまえが戻るともなく戻りつづけているのをおれは知っている

  知っている

  ぞ」


B「この皮を火にくべても嫌な臭いばかりして燃えないから

  短剣を吊った外套の内ポケットに折り畳んで抱えて走り出す」


A「にんげんじゃないみたいな顔して世界が壊れたように叫ぶなよ

  行方知れずのおのれが息をしているのが信じられないって顔を

  するな」

  

■「ここに

  息をしないけものがある

  息をしない肖像がある

  息をしない人民がある

  名もなき

  と嘯かれ

  名を簒奪され編修され僭称され

  フィルムは消息不能」


「轍はここで途切れている」

 と南方の夏の赤銅色の標識は

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