双塔

ある晴れた夏の朝、彼方の双塔へ伸びる、海に囲まれた鳴き砂の道をゆく。太陽は黒、道は白、海は桃色。波濤が砕け、飛沫が踝にかかる。繰りかえすうち、女になってしまったから、裸足に襦袢で歩いている。太陽を追って東へ向かう。双塔は真東に屹立し、太陽は真東にしか沈まない。太陽は真上にあり、乳房から腰、臍にかけてツユクサの匂いのする汗を垂らす。昼食の握り飯をひろげることなく歩くが、空腹を覚えることはない。そもそも握り飯など持っていない。夕暮れを通り抜け、やがて夜の入り端になって、掟の門に辿りつく。手持ちの全集では門前に門番がいることになっている。が、固く閉ざされた門扉のそばには誰もいない。後ろにはいるかもしれないがここからは見えない。代わりに高い、青い壁が聳えている。稚拙な双塔の絵がクレヨンで描かれている。ところどころにシールも貼られている。異国語の落書きもある。壁の前には「どうぞ」とばかりに棄てられた駱駝色の外套がある。砂ばかりの夜は冷えてしかたがない。もぐりこんで肩をうずめ、朝を待つ。眼が覚めると、ある晴れた夏の朝にいる。双塔を遠望する、一本の砂の道の上にいる。その始点で振り向く。波の気配のない桃色の海がどこまでもつづいている。

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