第十二話 破格の依頼と魔法石


「お、お待たせしてすみません」

「あらぁっ、あらあらあらあらっ!」


入るや否や、フレシアさんは最高潮のテンションで手を叩きながら

満面の笑みで「似合ってるわぁ」と連呼する

子供に可愛い洋服を着せた親バカな母親。と、思いたい


フレシアさんが用意していたのは、

前ボタンに沿って軽くフリルのあしらわれたシャツに、袖なしのベストタイプの羽織

そして、膝上数センチのミニスカート


中学校の制服が膝下で、私服がパンツタイプだった私としては、

非常に着慣れない最悪の組み合わせと言っても良かった

見えていないかと、不安になってしまう

というより、こんな格好で戦えない


「フレシア様……またですか」

「なによぉ、いいじゃなぁい、ねぇ~?」

「そう、ですね。はい……私は大丈夫です。シルキーさん、お願いします」


一応、恩人のお願いなのだ

さっきの丸出しの格好に比べれば、

下手に動かなければ平気なこの服装はマシな部類


そもそも、高校生になっていたら多分、

このくらいのスカートになっていたのかもしれないのだ

我慢しておけばいいと思う

そんなことよりも、シルキーさんの話が先だ


ここは談話室らしく、

飲み物が注がれたカップと、多少の見たことないお菓子が置かれた大きな机

その周りの見るだけで柔らかそうなソファの一つに座る

もぎゅぅぅ……と、身体が吸い込まれるように沈んだ


(や、柔らかいっ!)


そんな一瞬の感動もつかの間、シルキーさんが私の分のカップに

恐らくは紅茶っぽい飲みものを注いでくれて、話が始まった


「まず結果から申し上げますと、旅の方にご承諾頂けました」

「あらぁ、よかったじゃない。それで? 何人雇ったのぉ?」

「念を押して四人です。剣士二人、戦士一人、魔法使い一人の四人」

「バランスが悪いわねぇ、センスがないわぁ」


冗談なのか本気なのか分からないフレシアさんの一言を

シルキーさんは全く気にしていない様子で受け流して続けた


「まず、依頼料として融解銀を一人王国銀貨五枚分渡し

 報酬は成功報酬として一人につき融解金一枚を渡すことにしました」

「ねぇシルキーちゃん。その破格な金額はミスティちゃんのためなのぉ~?」

「ある意味、そうとも言えるかと。依頼を行う前にある程度村の方に関して調査をした結果

 とても良くない状況だということが分かったので、この辺り以外では誰も来ません」


シルキーさんが聞いた話は、

私が知っていることとほとんど一緒だった


村は完全に焼き払われていること

民家の一つにあり得ないほどの大岩が落下していること

あとはそう、大量のゴブリンの死体があるということ

フレシアさんは何で話してくれなかったのかと悲しそうに言ったけど

私の代わりにシルキーさんが「フレシア様が止めたのでは」と言ってくれたので事なきを得た


「さきほど来たという行商人の方から伺ったのでまず間違いないかと思います」

「ミスティちゃんが知ってることと同じなら間違いないわぁ……でも、そう、そんな状態なのねぇ

 それならさっきの破格の報酬も頷けるわぁ」

「あ、あの……本来報酬はどのくらい渡せばいいんですか?」


聞く場面ではないと思ったけど

本来なら私が払うべきものだから聞いておきたかった


「そうですね。ご遺体の回収だけでしたら報酬等含め多くても銀貨三枚が妥当でしょう。

 村周りの調査程度ならもはや銀貨と銅貨で事足りるような話です」

「そうなんですね……それなのに、沢山必要になっちゃってすみません」

「いえいえ。これに関してはミスティ様に非がある話ではありませんからね。気になさらずに」

「そうよぉミスティちゃん。シルキーちゃんにはいくらでも良いわって話しておいたもの」

「ありがとうございます……」


救われる思いだった

自分だったら絶対に駄目だったと分かれば分かるほどに


「一応、ご遺体の回収を優先に依頼していますが、森林の調査もお願いする予定になります」

「あらぁ……帰ってこられないんじゃないのぉ?」

「そのための融解金です。もちろん、誤魔化されないために私が明日同行する予定ですが」

「え……し、シルキーさん!」

「どうかされましたか?」


それは駄目だ

そこまでは駄目だ

シルキーさんは優しさで言ってくれてるのは解る

でも、だけど


「同行は私だけで大丈夫です。そこまで……そこまでお世話になるわけにはいきません」

「そうですか……? ならお願いしましょう」

「何言ってるのよぉ、シルキーちゃ~ん」

「待ってください。フレシア様、待ってください。

 今ミスティ様が誠心誠意自分の力で行いたいというご意思をお伝えに――」

「私のミスティちゃんを危険に晒すのぉ~?」


なぜか私じゃなくてフレシアさんがシルキーさんへと懇願するし

シルキーさんは私の意思を尊重するべきだって言うし

そのせいでフレシアさんはシルキーさんを連れていけって泣きそうな顔をするし

そこまでお世話になるわけにはいかないのに……

危険な事なら、なおさら


「すみません。お気持ちはありがたいですが、やっぱりそこまで迷惑かけたくはないので」

「そぉ~?」

「はい。その代わりというのはあれなんですが、妹を預かって頂けないでしょうか」

「それはいいわよぉ、はじめからぁ、この件が終わるまでは二人を預かる予定だったのよぉ」

「それは、あ、ありがとうございます……」

「でねぇ~? シルキーちゃ~ん~」

「はぁ……解りました。ミスティさん、これを」


フレシアさんの再三に渡る懇願の末に、

シルキーさんは呆れかえったため息をついて私に赤い球体をくれた


(主人に対してそんなため息をついていいのかな?)


「あの、これは?」

「魔法石です。火と風の魔法を用いた一種の爆裂魔法が込められています」

「え」

「範囲は炸裂地点から……そうですね。ちょうどこのソファの倍くらいの範囲でしょうか」


ソファが範囲だとすると、直径5メートルくらいが爆発範囲……だけど


「いやいやいや、待ってください! こんな高級な品とても……!」


魔法を封じ込められる魔法石自体かなり貴重なアイテムだ

低級の魔物は肉体自体に多少の魔力を宿しているだけだけど

それが長い年月をかけて生き残ったり、

それ以外の何らかの理由で中級以上の魔物が体内に発生させる石

それが、魔法石

しかも、数千年生きた魔物や、数千体の魔物を倒してようやく得られるのが、

魔法一個分の本当に小さな石


それにもかかわらず、二つ込められた石となると

貴重なアイテムだなんて話どころではない

一国の魔法使いが喉から手が出るほど欲しがるようなアイテムだって言っても良い

少なくとも、値段が付けられるようなものじゃない


「良いんですよ。私が持っていても使う機会がありませんし」

「そ、それでもこんなっ」


にこやかな笑みを浮かべるシルキーさんに慌てる私の横で

ずっと悲しそうだったり不安そうな顔をしているフレシアさん

でもほんと、こんなの受け取るわけにはいかないよ


だけど、シルキーさんも渡さないわけにはいかないようで

私の手を引くと、抱くような形で耳元に囁く


「そうでないとフレシア様が納得しませんので、この場を収めると思って」

「ぅ……」

「屋敷から出られませんよ?」

「うぅ……っ!」


そこまで言われては……仕方がない

後から絶対に返そう。使わずに帰そう

心の中でそう、自分自身に誓う


「分かりました、ありがたくお借りします。でも、絶対にお返ししますからね」

「ええ。ミスティ様がご無事にお帰りになられてさえ頂ければ、それで十分ですよ」


シルキーさんは変わることのないにこやかな笑みを浮かべたまま、そう言うのでした


―――――


フレシアさんの厚意半分、好意半分によって、

村のことが終わるまではこのお屋敷に滞在させて貰えることになった

お金がない、所持品はボロボロの衣服と銅剣のみ


こんな状況では王国内にいられるかどうかさえ、怪しい状況だったから、

とても助かったのだけど、逆にお世話になりすぎていて申し訳なく感じてしまう

フレシアさんとシルキーさんは良いって言うけど


「お姉ちゃん」

「うん? どうかしたの?」

「あのね。明日、わたしも一緒に付いていくのは駄目なの?」


リンの提案。というより、お願いかな

一人にしないでって言うお願い

まだ小さいリンだけど……解ってくれているから

でも


「うーん……駄目かな」

「魔法が使えないから? 剣が使えないから?」

「そうだね。森の方にも行くから魔物が出てくるかもしれないの。とっても危ないんだよ」

「あのゴブリンみたいに、怖いのがいっぱいいるんでしょ? お姉ちゃん、そこに行くんでしょ?」


泣きそうな顔を、リンは見せる

けれど、零しきらずにぐいっと目元を拭ったリンは

力強い目で、私を見る


「分かった……でも、帰ってきてね。お姉ちゃんがいなくなっちゃうのは、嫌だよ」

「うん。分かってるよ」


扱いなれない大きなベッドの上で

寂しくさせてしまう罪悪感に言い訳をするように

私は小さな妹の体を抱き寄せる


「ちゃんと帰ってくるよ……約束」


これからは私とリンの二人で頑張っていかないといけないんだ

いつまでもフレシアさんやシルキーさんに頼っていかずに

王国が無理そうならどこか別の村でも良い

私が働くことが出来そうな場所をちゃんと探して、生活をしていくんだ


でもその前に……あの大岩

壊滅させられた村の仇だけは、絶対にとる

抱きしめ返してくる妹の温もりを感じながら

私は密やかに復讐する意志を強めて行った

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