第十一話 金持ちの道楽


目を覚ました妹をシルキーさん以外のメイドさんにお任せした私は、

フレシアさんのお願いを聞くために、別室へと来ていた

フレシアさんの趣味が詰まった部屋

それは、様々なドレスなどが沢山並ぶ衣裳部屋のようなもので。


「あらあらまぁまぁまぁっ! 似合ってるじゃないのぉっ!」

「そ、そうですか……?」

「ええ! ええ! ええっ! それはもぅとぉってもよぉ~!」

「は、はぁ……」


部屋の内装ですでに分かっていたけれど、

フレシアさんは大富豪も大富豪の超大金持ちだった

税金が高いとされ、個人で住宅を持つことはまず不可能と言われている王国内で、

中学校の校舎くらい大きいお屋敷を立てている時点でおかしいけれど

フレシアさんはバーのようなお店と併設したカジノを経営しているようで、

もはや働かなくてもお金が入るという位置にいるらしいのだから相当だ


【余談だけど、

王様達がいるお城が4割、貴族の住む都市部が約3割、商業用区画3割というのが

この王国全体の分布図というか、分れ方らしい

貴族以下の人達はどこに住んでいるのかというと、商業用区画である。

賃貸とかの部屋を借りるのも商業とされるためらしい】


そしてそんなフレシアさんの趣味が、世界各国のドレスや民族衣装の収集

海を越えた別の国、伝統在りそうな村落など

色んな所を巡ったり、巡ってきた行商人から買い付けているという

そして、私の手伝い……というか、私がさせられるのが着せ替え人形

まず着せられたのは……見る限りでは和服だった


「色んな子に着せてみたんだけどぉ、貴女がいちばんよぉ~」

「あ、あの……ちなみにこれはどこの衣装なんですか?」

「ん~西の方の小さな国らしいわぁ~可愛いでしょ~」


よく聞くのは東だけど、西なんだ

とりあえず、可愛いというのに肯定はしておく


「は、はい。とっても……まぁ私には合わないですけど」

「そんなことないわぁ、似合うわよぉ~」


フレシアさんが嬉しそうに体を左右に揺り動かすたびに、

金色の髪が大げさに揺れては、甘い匂いが濃厚に香る

お願いだから、動かないでください


「昔、行商人さんが売っていたお人形さんみたいだわぁ」

「お人形……日本人形ですか?」

「にほん……? 多分違うと思うわぁ。でもこの衣装と同じ西の小国で作られたものだったのよぉ」

「な、なるほど」


日本という国は当然ながらないとしても

日本人形や和服といった工芸品と言えばいいのかな?

そう言うものはあるらしい

だからどうって言うことでもないけど


「興味あるのぉ?」


ふふふっと笑いながら、フレシアさんは尋ねてくる

口調と匂いこそ甘ったるいけれど、優しい人ではあるのかもしれない

だけど、だとしたら私が最初から感じてるいじめっ子と同じ雰囲気は何なんだろうか

シルキーさんに対するああいう態度?

門兵さんや私、シルキーさんに対する押しの強さ?


「い、いえ。大丈夫です」

「そぉ~? じゃぁねぇ、つぎはぁ」

「あの、なるべく露出は少なめでお願いしますね」

「ミスティちゃんもお肌出した方が可愛いのにぃ」

「見せるほど綺麗じゃないですからっ」


そういうと、フレシアさんはそんなことないわぁと帯を摘まんで引っ張った

帯がほどけるよりも早く体がフレシアさんへと引っ張られ、


(御代官様ァッ!)


泳いで浮いた右足が着地した瞬間に力を込めて抵抗する

引き込む力に打ち勝った私の体動じず、

帯だけがしゅるりと抜けて落ち、前が開けて胸元半分まで露わになって慌てて隠す


「な、なにするんですか!」

「さすがねぇ。魔物の襲撃から逃げてきただけはあるわぁ」

「それとこれと関係ないと思うんですが」


「ううん。綺麗だわ。きちんと鍛えられているんだもの。

 だらけているならともかく、努力をしているなら認めてあげるべきよ

 そうじゃないと、貴女の努力が可哀想だわ」


フレシアさんは極めて真面目にそう言った

どこか悲しそうに眉をひそめて、垂れ落ちた帯をくるくると巻き上げていく

フレシアさんにとって、努力とはそれほどに大切な言葉なのかもしれない

例えばそう、今の体になること、それを維持すること

どっちもきっと、大変だっただろうから


「そ、そうですね。気を付けます」

「ふふふっ、変なお話しちゃったわねぇ。それじゃぁ、これに着替えて貰おうかしらぁ」

「え」

「ふふふっ、綺麗な体。認めるのだものねぇ?」


胸元の上半分がシースルー、スカート丈が明らかに膝上

袖なし脇広の薄い桃色

明らかに、意味が分からない衣装


確かに努力は認めると言いました

確かにフレシアさんには感謝しています

確かに協力すると言いました


「でもそれは嫌ですっ!」

「なんでぇ~? いいじゃないちょっと、ちょっとだけ見せてぇ~」

「嫌ですっ、許してくださーい!」


こうなれば強引にでもと考えたのだろう

フレシアさんが一歩踏み出した瞬間に、私は逃げ出した

脱げかけの和服というのは恥ずかしいけれど

帯がない分動きに自由度が出てくるので意外と逃げやすいのがよかった

あと、下駄まで履かされ無かったのが救い


「まってぇ、私の可愛いミスティちゃ~ん!」

「いやーっ!」


甘ったるい声、甘ったるい匂い

そのくせ――フレシアさんはかなり足が速いのだ

門兵さんの方から私の方に近寄ってきたあの速さの正体は、足の動かし方


滑るような動きだと思っていたけど、そうじゃない

左右の足の動きが物凄く速く、正確

左足が動いて着地した瞬間に右足がもう地面をけり出していてまた左足が動く

さらに、膝を上げたりせずに地面スレスレ程度で浮かしているというのもある

正直に言って、動きはちょっと不気味だった


(この人何なの……!?)


「うふふふふふっ、捕まえたらもっと際どくなるわぁ」

「今際どいって言いました!?」

「あらあら~」

「あらあら~じゃないですーっ!」


こんなふざけている場合じゃないのに

村のこと、お父さんたちの仇、これからのこと

色々と考えないといけないことがあるのに

それなのに……それでも……


「そんな裸みたいなのは嫌ですってばーっ!」


逃げないわけにはいかなかった。

そんな私の逃走劇は、

唯一の逃げ道である出入り口の扉から入ってきたシルキーさんの介入で終わった

同じ女性だから。というだけの全くの無告知で


「フレシア様、いい加減になさってください。お戯れが過ぎていますよ」

「し、シルキーさんっ」

「あらぁ、シルキーちゃん。おかえりぃ」

「お帰りじゃないですよ。まったく……あぁ、ミスティ様。お身体の方は問題なさそうで何よりです」

「あ、ありが――ひゃぁっ!」

「つっかまえたわぁっ!」


シルキーさんの登場で足を止めてしまった私をフレシアさんは容赦なく押し倒した

華奢に見える体つきなのに、力はかなり強い

甘ったるい匂いが頭を溶かそうとしてくるのを阻もうと呼吸を止めたとしても

長く続くはずもなく


「うぅ……ぁ、シルキーさん……」

「はぁ……フレシア様。お楽しみの最中申し訳ありませんが、件のことでお話がございます」


シルキーさんは真面目な表情のままで、

私の上にいるフレシアさんも楽し気な空気が乱れて、

真剣な感じになったように感じた


「あらぁ~大事な話ぃ~?」

「フレシア様のお楽しみを奪うほどには」

「そうなのねぇ……ふ~ん。そう、ならいいわぁ」


あっさりと私を解放してくれたフレシアさんは、

ごめんねぇ。と謝っているのかわからない素振りで私を引き起こすと、

さっき来ていたのとは別の、動きやすそうな服を用意してくれた


「貴女は可愛いのも良いけどぉ、やっぱり、自由なものが一番好きそうねぇ」

「あ、ありがとうございます」

「うふふふっ、いいのよぉ……ねぇシルキーそれで話ってなんなのかしらぁ」

「それはミスティ様が着替えを終えてからにいたしましょう。

 別室にてご準備を――ミスティ様。お部屋は左のつきあたりを右に曲がって奥の部屋ですよ」

「は、はい」


にこやかな笑みを浮かべてお辞儀をしたシルキーさんは、

行きますよ。と、フレシアさんを連れ出していく

どっちが主人なのやら。

名残惜しそうにするフレシアさんは大人なのに、ちょっぴり可愛いと思えてしまった


なんだか……毒されている気がする


「とにかく、話って何だろう……急がないと」


シルキーさんが緊急だといったのは多分、私達の村に関しての事

その不安を感じながら、出来る限り急いで着替えていく


「って……これ結局スカートじゃないですかっ! もうっ!」


上着で見えないようにしていた辺り策士だな。と

フレシアさんへの個人的な印象はまた少しだけ、動いたのだった

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