初めて(今月)の客

───チリンチリン

 

 ドアに取り付けられているベルが音を立てた。


 お客さんだ。

 実は今月初めてのお客さんでもある。


 いつも通りお客さんの受付はアリサがすることになっているから彼女は急いで玄関の方へ向かった。


 俺たちも休憩はおしまいにして動きだす。俺は自室に向かい、せめてもの威厳を出す。


「───はい。わかりました。ではこちらへどうぞ」


 俺が部屋に着いた頃どうやらアリサの対応も終わったらしい。話しながら階段を昇って来る音が聞こえた。


 急いで椅子に座るとすぐに部屋の扉がギィと音を立てて開いた。


「いらっしゃいませ。本日はどういったご依頼でしょうか?」


 俺はにこやかとした営業スマイルで対応した。

 こうすることで初期印象がだいぶ違うのだ。


「では、こちらへ。どうぞお座りください」


 俺は依頼の内容などの相談をするため、応接室のように椅子が二つ向かいあっている場所に案内した。


「では改めてご依頼をお伺いします。私共では『手紙の代筆』または『捜し物』の二つを行っていますがどちらでしょうか?」


 前にフィーネから言われたことがあるが、俺はここの対応だけはちゃんとできているらしい。


「───では依頼内容を確認しましたのであちらの者に付いていってください」


 俺は依頼人から依頼内容を聞いた。


 依頼内容は『手紙の代筆』。これはフィーネの領分である。そのため今フィーネが依頼人を別室へと連れていった。


 俺はフィーネと依頼人が立ち去ると、大きく息を吐いた。実際あの態度は結構疲れる。


「ほんとにカイルさんってあの対応だけは上手ですよね。普段からあれくらい丁寧に働いてくれれば最高なんですけどね」


 アリサは少々呆れ顔でそう言った。


「何を失敬な。俺はこの何でも屋の『捜し物捜索』担当だから。ちゃんと依頼が来れば働くから」


 俺がそう言うと、アリサはしばらくなにも言わずにこちらを見つめていた。


「ど、どうしたんですかアリサさん・・・・・・?」


 俺がちょっとビクビクしながら聞くと彼女は半目で答えた。


「私、ここで働き始めてだいたい一年ですけど今まで一度たりとも『捜し物』の依頼なんて来ないじゃないですか」


 確かに彼女が働き始めてだいたい一年経つ。そしてこの店を開業してからもだいたい一年経つ。

 アリサは記憶が良い。

 彼女がそう言うということは今まで本当に一度も俺が行う仕事である『捜し物』は来ていないのだ。


「はあ・・・・・・。俺も気づいてたけどさ、アリサの言う通りここには今まで『捜し物』の依頼は来てない。というより本当に『捜し物』があるなら俺らじゃなくて警備隊とかに頼んで探してもらった方が良いしな」


 この街には警備隊という便利な組織がある。

 悪人の捕縛だったり魔獣との戦闘だったり人の捜索だったりといろいろしてくれる。

 実際俺らの仕事が無いくらいに。


 俺が現実を見ているとアリサはこんなことを聞いて来た。

「でも、ここにはだいたい月に二、三回は『手紙の代筆』の依頼が来るじゃないですか。それってなんでですか?」


 結局仕事は少ないですけどと彼女は付け足した。


「この街では郵便局で『手紙の代筆』はしてもらえる。だけどたいていの人は文字の読み書きはできるから代筆を頼む人は少ない。月に四、五人程度だろう。アリサ、なんでその中から数人ここで依頼していくかわかるか?」


 俺がアリサにさらに問い掛けると彼女は首を横に降った。

 全くわからない、という顔をしている。

 俺はアリサにタネを明かすような気持ちで話し始めた。


「これは常識だが・・・・・・郵便局では手紙一通出すのに銅貨10枚、つまり銀貨一枚だ。そして『手紙の代筆』はその手紙の長さにもよるがだいたい銀貨5枚。確か今のレートが銅貨十枚で銀貨一枚だからな。一般人の一月の収入が銀貨が多くて二十枚程度。銀貨五枚ってのは値段設定がおかしいんだよ。だけどな───」


 それを聞いたアリサがプルプルと震え始め、いきなり大声を出した。

 正直びっくりした。


「おかしいですよ!収入が銀貨二十枚だとして代筆の料金が銀貨五枚って絶対に横暴です!なんで誰も文句を言わないんですか!?」


 彼女が憤るのも当然だろう。

 俺自身おかしいと思ってるしな。

 だが俺は話し続けている。アリサにちょっと遮られたが。


「───ここではかなり安い値段で代筆を請け負ってる。銅貨二十枚だ。破格の値段だろ?」


 俺はニヤニヤしながらアリサにそう言った。それを聞いた彼女はポカンと口を開けている。

 あまりの安さに驚いたのだろう。

 俺の予感は的中した。

「え・・・・・・ええぇぇぇーっ!そ、それって相当安いじゃないですか、なんでそれを大々的に売り出さないんですか!?」

 見事にアリサは驚いてくれた。しかも言ってることももっともだ。

 だけどそうできない理由を俺は話し始めた。


「理由は二つある」

 そう言って指をピースをするように立てた。

「まず一つ目の理由だけど、もし仮に客が増えすぎたらフィーネ一人では恐らく回らない。まあ数人増えるだけなら大丈夫だけど」

 一つ目の理由を言い終えて俺は指を片方折り曲げた。


「二つ目の理由だけど、これは経済的立場が関わってくる。俺らが破格の安さで『手紙の代筆』をすることで客は皆こっちに動いて郵便局は実質代筆業ができなくなるな。もしそうなったら多分郵便局は俺らからこの仕事を取り上げる」


 どんな手段を使ってでもな。俺はそう付け加えた。


「なるほど……もし郵便局にそれを知られたら面倒なことに───あ、フィーネさん戻って来ましたね」


 アリサといろいろ話してだいたい三十分程度だろう。それくらいでフィーネは戻って来たが・・・・・・やけに疲れた様子だ。何があったんだろう?


「フィーネ、どうした?なんか疲れてるようだけど」


俺が聞くとフィーネはぐったりした様子で答えた。


「あの客、書きたいことがまとまって無いのよ・・・・・・断片的な単語ばかりで結局文章にならないから書きたいことがまとまってから来てくれ、って帰したわ」


 結局、仕事にもならなかったみたいだ。珍しくなんというか迷惑な客だったようだ。


「なあフィーネ、その客どんなこと言ってたんだ?」


 俺がおもしろ半分で聞くと彼女は守秘義務とか無視して答えてくれた。


「なんか・・・・・・指輪だったり、神と言ってたり、あと蜘蛛とも言ってたわ。だいたいその三種類」


「くも、ってあの脚がいっぱいある?」


 聞くと彼女は頷いた。

 それにしても、指輪に神に蜘蛛と宗教みたいだけど蜘蛛は関連性がわからない。


「なんか宗教っぽいけど蜘蛛って何だろうね」


 俺と同じことをフィーネも考えてたようだ。


 するとアリサが「あっ」と声を上げ、急いで本棚に駆け寄った。

 なにやらブツブツ呟きながら探している。

 どうやら無かったようで他の場所を探しに行ったみたいだ。


 少しして、アリサは分厚い本を持って来て、ドンッと俺の机に置いた。

 表紙を見るとどうやらこの大陸に伝わる神話を集めたものらしい。

 なんか大きな十字架があって一言で言うと、「なんか凄い」だった。


「この本に書いてあるんです!指輪に神様に蜘蛛が出てくる話が!」


 そうして、アリサが熱く語り始めるのはすぐだった。


 アリサが話してくれたのをまとめるとどうやらその話は物語では無く何かの儀式のやり方の説明だった。


「『神の召喚方法』ねぇ・・・・・・うーん」

 フィーネがそう一言呟き唸る。

 俺も含めてだがおそらく誰に聞いても『神』という単語一つで魔獣が思い浮かぶだろう。

 その『方法』には『魔法』の一種の『召喚術』を用いたものだった。


 にわかには信じがたいが実は俺とフィーネだけは思い当たる節があった。

 俺とフィーネがほぼ同時に同じことを言おうとしたときだった。


───コンコン


 控えめに扉が叩かれ、ドアが開く。

 どうやら開けたのはルリのようだ。だけど彼女の背後に長身の見慣れない影がある。

 少なくとも背の小さなメイアではない。

 すると、その影から声が掛かった。


「あのー、依頼で探して欲しい物があるんですけど……」


 噂をすれば、とよく言うがそれは別に人で無くても良いようだ。

 そんなどうでも良いことを俺は今日知った。


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