第7話 日曜日

 あくる日の日曜日。


哲子は高岡さんとの約束を見事に破り、朝から台所に立って色々と仕込んでいました。


「愛情さえ込めれば、きっと美味しく作れるわよね~」



そして夕方。郡兵は約束の時間ちょうどにやってきました。


「あら、郡ちゃんもう来たの?」


哲子はすっかり困ってしまいました。実を言うと、まだ料理が完成していないのです。とりあえず郡兵をリビングで待たせ、再び料理に取り掛かりました。


二時間ほど、経過しました。料理はまだ完成しません。最初はご機嫌だった郡兵も、いい加減待ちくたびれてきました。


「おーい、哲子。料理はまだか?」


返事はありません。


「おーい、哲子。俺、腹減ったんだけど」


またも返事はありません。郡兵はしびれを切らし、キッチンに入っていきました。


「なぁ、哲子~」


「うるさいわね!今手が離せないのよ―――あっ!お肉焦げちゃったじゃない。また最初から焼き直しだわ。もう~!郡ちゃんが話しかけるから!」


「ごめん…」


郡兵はおとなしく引き下がりました。その時ふと、キッチンテーブルの上に並ぶ、数々のダークマターが目に留まりました。


「これは…砂鉄か?」


哲子にギロリと睨まれ、郡兵は慌てて口をつぐみました。


「ひどいわ。あなたのために愛情込めて作った料理を、砂鉄だなんて!」


「ごめん」と郡兵はまた謝り、「なぁ」と、哲子に向き直っておずおずと尋ねました。


「もしかして…料理作れなくなったのか?」


瞬間、作業をする哲子の手がピタリと止まりました。背を向けたまま、哲子はぼそりと呟きました。


「誰のせいだと思ってるのよ」


「え?」


郡兵は目が点になりました。突如、哲子がキッと振り向きました。


「三十七年前、あなたに浮気されて、私すごくショックだったのよ。そのせいで料理もできなくなったんだから」


「そのことと料理は関係ないだろ?それに、俺だってあの時のことは悪かったと思ってるよ。すごく反省してる」


「嘘よ!きっとまた私を捨てるに決まってるわ。あなたってそういう人だもの」


「わかったよ。そんなに俺が信用できないなら、もう別れよう」


郡兵は哲子に背を向け、寂しそうに去っていきました。


哲子はまな板の上の七面鳥の肉(ナマ)に顔をうずめ、そのまましばらく泣いていました。


高岡さんに電話すると、夜更けにも関わらずアパートに駆けつけてくれました。


「やっぱり私は恋愛に向いてないんだわ。これじゃ結婚なんてもう無理よ」


ウイスキーの瓶を片手に、哲子は延々と泣き言を繰り返していました。


「“できない”なんて決め付けちゃダメよ。そんなこと言ってたらできるものもできなくなるわ。だいたい、哲子さんは鈍感のくせに悲観しすぎなのよ。気張らずにのんびり行きましょう」


「そんな呑気なこと言ってたら人生終わっちゃうわ。私もう六十七なのよ」


「そうねぇ…八十で死ぬとしたら、残された時間はあと十三年ね」


「ちょっと!本人の前でそういうこと言うのやめてくれる?」


「あ…ごめんなさい」


「あなたは若くていいわね…」


「ねぇ、やっぱり権三朗さんとお見合いしたら?」


「は?冗談じゃないわ。あの人九十五よ。明日死んでもおかしくない年齢よ」


「大丈夫よ。権三朗さんのお父さんは百七まで生きたし、彼もきっとそのくらい生きるわよ。哲子さんが八十まで生きるとしたら、だいたい同じころに天国へ行けていいじゃない」


「だから、勝手に私の寿命を決めないでくれる?」


「はいはい。じゃあ、見合いなしですぐ結婚しちゃえば?」


哲子は押し黙り、しばし真剣に考え込んでいました。十分後、ようやく決意を固めました。


「わかったわ。私、権三朗さんと結婚する。年の差は気になるけど、この際もう四の五の言ってられないわ」


「よく言ったわ、哲子さん。明日、さっそく権三朗さんに連絡してみるわね」



ところが数日後…。


「は?断られた?」


『そうなのよ。期待させてごめんなさいね。権三朗さん、今別の女性と交際中みたいで』


哲子はすっかり元気をなくしてしまいました。


(九十五歳のおじいさんにもフラれる私って、一体…)


と、ひどくショックを受け、またも寝込んでしまいました。

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